ガイが書庫で資料の片づけをしていると、なぜだか大抵ピオニーもそこにいた。何時にどこで何をやるか自分の仕事内容を告げたわけでもないのに、ふと気がつくと視界の端に黄金色が映っているのだ。執務はどうしたんだ執務は、とおかしな話だとガイは本を片手に眉根を寄せる。

「なんだなんだガイラルディアー難しい表情してるぞ」
「気のせいですよ陛下」

 貴方のせいですよ、とは言えず、適当に返したガイの返事にふーんと小さくうなずきながら、ピオニーはガイのことを眺めている。その視線が背中に刺さるのが少し痛いな、と思いながらガイは着々と資料を片づけていった。この状況から逃れるためには仕事を終わらせるのが一番早いと思ったのだろう。
 しばらく、ピオニーはおとなしくなった。相変わらず視線が刺さっているものの、おとなしくしているだけなら問題はないんだが、とガイが思った矢先、不意に思いついたかのようにピオニーは手を叩く。

「ガイラルディアー、ちょっとこっち来ーい」
「…なんですか?」

 おとなしくしているならば、という仮定はやはり通用しないらしい。そんなガイの気も知らないで(案外知りつつ反応を楽しんでいるのかも知れない)金色の皇帝は手招きなんぞをしている。それに逆らうことはできず(できたとしてもおそらく彼の方から近づいてくるに違いない)ガイはピオニーの元へと近付いた。

「ちょっと両手をこっちに伸ばしてくれるか」
「はぁ…」

 ピオニーの意図がつかめず間の抜けた声を上げてしまったガイは、とりあえず言われるままに両手を前に伸ばした。するとピオニーも両手を伸ばし、ガイを驚愕させる行動をとる。

「ふむ、流石に奇麗な筋肉の付き方だな、ガイラルディアは」
「へ、陛下?!」

 ピオニーは延ばされたガイの腕を自分の手の中に引き寄せると、ぺたぺたと腕の筋肉に触れ始めたのである。服の上からその形を確かめるように時折力を込めて。

「前からずっと思っていたんだ、とっきどき剣の稽古してる時とかな」

 ピオニーは笑う。その間も手を止めようとはしない。
 スキンシップを苦手としない彼にとってこの行動は、言葉通りのの意味以外もたぬものであったのだろう。しかしガイにとってはそれがひどく誘惑的な動きに見えた。触れられた場所が熱くなり、そこから不埒な感情が湧きあがってきているかのように。
 あぁこれはよくない展開だ。

「…陛下、それはセクハラでしょうか?」

 暗に放してくださいと訴えたつもりのガイだったが、余計な誤解を与えぬようにと遠まわしで言ったことが凶と出たか、ピオニーには伝わらなかったようだ。

「んん?はははっ、お前がそう感じるならそうに違いない」
「あの、放していただけますか?」
「どうしようかなぁ。俺はずっとガイラルディアに触れてみたかったんだぞ」

 笑って言うけれど、それはガイにとってひどく甘美な言葉。触れてみたいと思っていたのは果たしてピオニーだけであったのか。
 次の瞬間ピオニーの視界はぐるりと反転した。

「お、ぉ?」

 気がつけば背中に床の冷たい感触が当たっている。けれど同時に、温かい手が背中に添えられていた。

「ガイラ、ルディ、ア?」

 事態を飲み込めず、自分に覆いかぶさるようにして見下ろしてくる手の持ち主、ガイをピオニーはきょとんと見上げてみると、彼はなんともいえない表情を浮かべていた。怒っているのか、後悔でもしているのか、逆光になった表情からは察しにくい。ただ、瞳だけは光っているように見えた。
 そんなピオニーを見つめたままガイが唸るようにつぶやく。

「…あまり、煽らないでいただけますか?」
「!」
「それなりに我慢してるんですよ、俺だって」

 その言葉には否定を許さない強い響きがこもっており、しばらくガイのことを凝視した後ピオニーは思わずこくりと頷いてしまう。あるいは、ガイの真剣なまなざしに見惚れていたのかもしれない。
 そしてその瞳に見つめられる中、やっと吐き出せた一言は。

「…前向きに検討、する」
「そうしてください」

 視線を逸らして言ったガイは、立ち上がってピオニーに手を伸ばす。それを掴みピオニーは立ち上がった。背中にそれほどの衝撃がなかったのは、ガイがピオニーの体を支え床につく寸前で速度を緩めたからだろう。結構な力がなければできない技だ。

「では陛下、俺は少しあちらの方を整頓してきますので」
「あ、あぁ…」

 そのままガイは何事もなかったかのようににこりと笑うと、ピオニーの元を離れてほかの棚へと移っていった。ただその笑みはどことなく硬いもののように見えた。
 立ち上がらせてもらいガイを見送ったピオニーは、しかし本棚に背中を預けるとずるずるとその場に座り込んだ。そして自分の両手を顔にあて、盛大に息をつく。

「…びっくりした…ガイラルディアが本気になると、あんな感じなのか…」

 まだ心臓がどきどきとしている。少しだけ、不覚だ、と思わんでもない。しかしそれ以上に年甲斐もなく緊張なんてものをしている。そりゃ緊張するに決まっている。あんな表情を見たのは初めてだし、それに。
 ピオニーは顔にあてた両手でぐしゃりと髪をかき混ぜた。

「ってか、あーなんで拒否しちまったかな俺!俺だって、我慢してたんだぜガイラルディア…」

 その手に、唇に、触れてほしいのだと。もしくは触れたいのだと。
 言うことが出来れば彼は触れてくれるのだろうかと考えて、その勇気があと一歩で持てない自分にあきれるようにピオニーは小さく頭を振った。



反転する視界


ガイにはもう少し頑張っていただきたいものです。陛下もがんばります。