いち、に、さん、と足下で寝そべっている家畜達を数えているうちに重大なことに気がついたガイは、ぴたりと数えるのをやめて顔色を変えた。そしてもう一度、今度は先ほどよりも素早く、いち、に、さんと数えだす。
 場所はいつもの散歩コース。六匹のブウサギ達を連れて、えさ場とされている広場に連れてきたところだった。そこについたらいつも十数分ブウサギ達を放してやることになっていたので、例に違わず今日もブウサギ達を放したのだ。

「おいルーク!あんまり遠くへ行くなよ!」

 ぶいぶいと鼻を鳴らしながら一人遠くへ駆けていくブウサギに声をかけつつ、あぁ本当に陛下はブウサギ達の性格を見極めて名前をつけているのだろうか、と納得しかかってしまった。一人何も考えずどこかへ突っ込んで行ってしまうのはまさにその名前を持つ人物にそっくりだ、と思ったのだ。そんなことを言ったら、名前を利用された赤髪の少年は怒るのだろうけれど。
 そうしてルークを追いかけて抱きかかえて再び戻って来た時に、ふと違和感を感じた。

「…?」

 いち、に、さん、し。そして腕の中に、ご。
 確かブウサギ達は全員で六匹いたのではなかっただろうか。あぁいやどこかに隠れているのを数え間違えたのかもしれない、とガイは草むらの後ろなどを丁寧に探しながらもう一度、いち、に、さん、し、ご。数え直した後で、五匹目のもしゃもしゃと草を食べるルークを指差した状態のままガイは顔色を、変えた。

「…一匹いねぇ…」

 それが、冒頭。
 しまったどいつがいなくなったのだと、残っているブウサギの名前を確認する。美しい毛並みのネフリー、その名を戴くのに少々違和感のあるジェイド、そしてアスラン、ゲルダ、ルークと続く。この場にいないのはサフィールと名付けられたブウサギだ。
 おとなしそうに見えて時折予想もしない程活発に動くこの生き物は、行動範囲が思ったよりも広い。しかもサフィールという名の鼻たれブウサギは普段はめっきり影が薄くおとなしくしているというのに、一度下手にスイッチが入ると厄介なのである。面倒なやつが逃げ出した、とガイは舌打ちをした。

「とりあえず、早く探さないとな…陛下にどやされる」

 この場合重要なのは「陛下に」というところである。この国の皇帝はブウサギの事になると目の色が変わるのだ。それはおそらく、死霊使いと呼ばれる男に嫌味を言われるよりもある意味では避けたいことであり、思わず必死になってしまうのだった。
 他のブウサギ達は近くにあった柵の中に閉じ込めておいて、サフィールー、と名前を呼びながらガイは近くを探し回った。あのブウサギは案外さみしがり屋なので、自分の名前にはしっかりと反応を示すやつなのだ。

「サフィールー!…あぁ畜生…なんだってあの…六神将の死神ディストの幼少の名前をこんな何回も叫ばなきゃいけないんだ…」

 ある意味ではいなくなったのがジェイドでなくて良かったなとは思うのだが、まぁここはブウサギの名前なのだと割り切ることにしよう。
 ふ、とガイの耳が水音をとらえた。それも不規則なものだ。グランコクマの宮殿はいたるところに水が流れているが、それは整った美しい流れであり、雑音が混ざるようなことはないはずだ。音を頼りにそちらへ近づいていく。

「うおっ…サフィール!!」

 そこで見かけた光景にガイは思わず叫んだ。ばしゃばしゃばしゃと、少し深めの噴水の中で浮かんでいるのか泳いでいるのか、短い脚をばたばたとさせていたのは探していたサフィールだったのだ。いや、あれは溺れている、のだろう。
 その姿を見た途端、ガイの頭の中を金色の皇帝がよぎった。

「どーしてそんな馬鹿なことになってるんだあのブウサギは!!」

 そして一目散に駆け寄って、己が濡れるのも構わず水に飛び込むと急いでサフィールを救出した。ぶ、ぶ、と啼いたサフィールはガイの手の上でぶるぶると体を震わせる。その水滴がガイの顔にかかって、一瞬、ほんの一瞬だけ焼いて食ってしまおうかという考えがガイの頭の中をよぎった。
 が、そんな考えは次に耳に飛び込んできた声によってすぐに忘れさられることになった。

「んー?ガイラルディアー、水浴びかぁ?」
「…陛下!」

 顔を上げた先で視線を交わらせたのは、おそらくまた執務室を抜け出して王宮を歩き回っていたピオニーだった。ブウサギを抱えずぶぬれになっているガイを不思議そうに、あるいは面白そうに見ている。
 いえこれはですね、とガイが弁解しようとしたところで、ピオニーの瞳がガイの腕の中の水にぬれたサフィールをとらえた。そして、納得する。

「成程なぁ、サフィールの奴が逃げ出して溺れてたってわけだ?」
「ご察しの通りです…」
「嬉しいぞガイラルディアー、お前もブウサギ達にだいぶ情が移ってくれたみたいだな」

 そんなずぶぬれになっちまうまでサフィールのこと助けてくれるなんてな、とかかと笑うピオニーに、ガイは微妙な笑みを浮かべておいた。
 あぁだって万が一こいつらが一匹でもいなくなったら貴方がひどく悲しむのだと考えたら、自分が濡れるなんてことこれっぽっちも気にする余裕などなかったのだ、などとは口に出して言えなかった。



水に浮かぶ


ブウサギに情が移ってきてると思いますガイ。