仲が悪いと軍内でも評判だったツバキとゼロの二人が、紆余曲折あって晴れて付き合うことになったのは、まだ一週間ほど前のことである。
 仲が悪いというか、険悪な空気が流れているだとか、そう周囲から囁かれていたのは決して間違いではなかった。初めて会った時はお互いに好きだの嫌いだのではなく、どうやっても相容れぬ相手だろうと決めてかかって諦めていたほどだ。自分と全く違う境遇を生きながら、どこか同じような空気を纏っている相手、という認識。それは同族嫌悪か、相憐れむか、どちらであっただろうか。
 ただ、自分を拾ってくれたレオン以外の他人には基本的に深く執着しないゼロが、何故か気になって仕方がなかった相手がツバキという男であった。ゆえに、仲が悪かったからこそゼロはツバキに執着したのかもしれないと今になって思うことがある。
 ――と、なんだかんだ理由をつけているが、とにかくゼロとツバキは付き合うこととなった。今重要視される点は、ただそこだけだ。過程は気にするべきではないのである。
 ツバキの方がどう思っているかはゼロのあずかり知らぬところであるが、完璧を望む男がゼロの恋人という立場を受け入れたのだから、ゼロも彼の思う完璧の一部に含んでもらえたのだろう。そう思うことにしている。
 恋人という関係になっても普段の二人の態度が変わることはほとんどなかった。ゼロはゼロでいつものようにはた迷惑な台詞で仲間たちをドン引きさせているし、ツバキも変わらず完璧を追求し続けている。ただ少し、二人の間に流れる空気に変化はあったかもしれないが、それを知る者は当人たち以外にはなかった。

 そんな喜ばしい日々のはずなのに、この時、ゼロは自分の中でふつふつと苛立ちがわいてくるのを感じていた。
(…おかしい)
 一人、城の一角でぼんやりと立ち尽くしながら、ゼロはつい今しがたの出来事を反芻していた。たまたま出会ったツバキと少し話をして、別れてから、ずっとひっかかっていることがある。
 ゼロが感じる違和感は、ツバキの態度にあった。
 普段はこれまでと変わらぬ態度を取っているとはいえ、恋仲になったならなったで、ゼロはそれなりの関係を期待していた。仲睦まじい若いつがいのように、ベタベタすることを望んでいたわけではないし、むしろツバキがそうであったら若干引いていただろうが、もう少し距離が縮まるものだと思っていた。
 わかりやすい言葉にするならば、もっと情欲をあらわにして、体を重ねられるものだと思っていた。けれど現状はまずそんなレベルの話ではない。それ以前に、避けられている気がするのだ。
(…何が原因だ)
 何の話の延長線上だったかはもう覚えていないが、二人でいた時にゼロはふと思い立って、俺はお前が好きだ、と言った。あまりに唐突で、何言ってるんだ俺は、とゼロ自身呆れるほどのタイミングだった。
 しかし、ツバキの反応は予想と違っていた。何言ってんのゼロついに完全にイカれちゃったの、と辛辣な言葉を投げられるかと思っていたが、ツバキはあの整った顔をうっすらと赤く染めて、俺もゼロのことは嫌いじゃないけどねー、と笑ったのだ。言葉だけであったら信用しきれなかったかもしれないが、朱の差した頬が事実であると告げているようで、すぐさま、思いもかけない言葉をつむぎだしたその唇を奪った。
 いきなりはやめてよね、と抗議の声を上げつつも、ツバキは抵抗しなかった。その時から彼はゼロのものとなったのだった。
 意外なことに、性的なことには疎いのか恥ずかしがるツバキを、持てる知識を全て導入してそれはもう優しく抱いてやった。ゼロの性質上、少しはいじめたかもしれないが、いつもの口調も控えめに心がけ、本当に大事に抱いたのだ。優しすぎて気持ち悪いんだけど、と心底怪訝な瞳を向けられても仏のような心でまったく気にせず、完璧な表情が快楽でぐずぐずに蕩けていく様を見たくて、自分の欲よりもツバキが気持ちよくなることだけを考えて見事な奉仕をした。実際、ツバキも気持ちよさそうにしていたと思う。
 だから、最近ゼロのことを避けているように感じるのは、照れ隠しに近いのではないかとも考えた。しかしそうならば、ゼロの顔を見ただけで逃げ出すとかそういった女々しい言動を取るはずなのだが、普段の会話はいつも通りだ。にこにこと笑っているし、ゼロが気軽に触れても払いのけたりはしない。自分は特別で、恋仲という立場を実感できる。
 しかし問題は、そこから先に進もうとした時である。ゼロの指が怪しくうごめいて快楽を引き出そうとする動きをすると、ぴたりと笑みが固まる。性的な動きをせずとも、そういうことを匂わせる雰囲気になると、ツバキは急に用事を思い出しただのなんだのと言って逃げ出すのだ。照れて可愛いやつだ、思ったのは初めの二、三回であり、それが5、6回と続くとさすがにこたえる。
 はっきり言って欲求不満なのである。
(かといって問い詰める前にあいつうまく逃げるしな…)
 最初のアレの具合が悪かったとでも言うのだろうか。考えて、ゼロはすぐさまその可能性を排除した。なにせゼロはその道のプロだ。酸いも甘いもかみ分けて、入れる方も受け入れる方も経験してきたプロよりもプロなのである。その点に関してだけは絶対の自信を持っていた。あまり褒められた過去ではないが、その時の技術が今活かせるなら無駄ではなかったとさえ思っている。
 ゼロの話はどうでもいい、とにかくツバキだ。一体何を考えているのかわからないが、理由もなく理不尽に避けられ続けるのはそろそろ限界だ。精神的にもだし、肉体的にも色々と持て余し始めている。
 少なくもゼロはツバキを抱きたい。あの表情をもう一度、快楽でグチャグチャに歪ませたい。考えるだけで身体が熱くなるようで、ゼロは邪念を振り払った。
「さて…どうしてやろうか」
 などと、腕を組み遠くを見据え、かっこつけて言ってみるが、内心はかなり困っているゼロである。本当にどうしたらいいのかわからない。
 こっそり尾行して調査しようにも、あの完璧超人は見事に完璧で、すぐにゼロの気配を察知してくる。悔しいがツバキの実力は本物だ。こうなれば直接聞くしか方法はなさそうだったが、にこりと笑みを浮かべて軽く流されてしまいそうな気もした。なかなか手強い相手なのだ。
(何か決定的な…あいつの完璧の仮面を崩してやれるような…)
 そんなことを考え、日々悶々としていた。

 転機が訪れたのはそんなある日のことだった。
「あぁゼロ、ちょうどいいところにいた」
 ツバキとは違う意味で唯一絶対である相手からの声かけに、ゼロはぴたと立ち止まり臣下の礼を返した。
「これはレオン様、俺に何か用事ですか?」
「これ、ツバキに渡しといてくれるかい」
 ――ツバキ。
 まさかその単語がレオンの口から登場するとは思っておらず、虚を突かれたゼロは不覚にもびくりと体を揺らしてしまった。その反応に、レオンがふーんと何かを悟ったような相槌を打ったが、それが何を意味するのか今のゼロには理解できなかった。
 レオンが差し出したのは、カバーをかけられた一冊の本である。
「…これは?」
「昨日、近くの泉に散歩しに行ったら彼がいてね、僕が現れたことに相当驚いて、焦って、横においてたそれを忘れていったんだ」
 それは珍しいことだ、とゼロは目を細める。レオンを疑うわけではなく、信じているからこそ、あのツバキが驚き、焦る様を想像して怪訝に思ったのだ。
「失礼ですが、なぜ俺に…いえ、レオン様の命令であればなんでもききますが」
「…まぁ、部下のことはなんとなく察しが着くし」
「…」
 それはまさかゼロとツバキとの関係を言っているのだろうか、とゼロは片眉を上げた。誰にもバレていないはずの関係だし、ツバキがレオンに話すとは思えない。そうなると本当に、ゼロの少しの態度の変化から状態を読み取ったことになる。
 だが不思議と、驚きは少なかった。むしろ、この方にならば知られていても問題ないだろう、とさえ思う。レオンならば、二人の関係を非難することもないはずだ。
「…ご配慮感謝します」
「うん、それで…中、ね、彼が持ってたからってわけじゃなくて、書物ならなんでも気にしちゃう性格だから、つい確認してしまったんだけど…」
 もごもごと口ごもるレオンとは珍しい。
「何か言われたら、悪かった、って言っておいてよ」
「はぁ…」
 結局はっきりしたことは何一つ言わずに、レオンは去っていった。その背を見送り、ゼロは手にした本に目をやった。
 カバーの隠され題名のわからない本は、さほど分厚くないものだ。暇な時間にツバキが読書をしているのは知っている。その内の一冊なのだろう。だが、あのレオンが謝るほどのものとは一体なんなのか。
(俺の知らないことが、今ここにあるのか…)
 そう思うと、知らず本を握った手に力が入る。
 普通ならばこんな秘密をこっそり暴くようなことはしない。相手の素性を確認するのが目的ならまだしも、この関係を崩してしまうようなことはするべきではないとゼロだってわかっている。
 けれどここ最近の欲求不満な思いがそれぐらいしてもいいと囁くのだ。ここで何か情報を握れば、あの男が観念するかと思うとこれを確認しないという手はない。
(…あいつが避けるのが悪い)
 ついに誘惑に耐えられずゼロは震える手でページをめくった。



「あ、ゼローどうしたのー?」
 手には例の本を握り締め、城内のツバキの部屋を訪ねると、いつものようにへらへらとした笑みを浮かべたツバキが顔をのぞかせた。普段の軽鎧は着ておらず、白夜王国で主流の着物をゆるく着こなしている。その顔が心なしか嬉しそうに見えるのは、そうであってくれと願うゼロの見せた幻なのかもしれない。
「少しいいか」
「いつもそんなこと聞かずにずかずか入り込んでくるくせに、珍しいー」
 言われてみればそうだったことを思い出し、言葉通りにゼロはずかずかと室内へと入り込んだ。ツバキはやれやれと肩をすくめたが、抗議はしなかった。
 ここまでのツバキは、いつも通りの完璧な彼であった。ゼロの言動に怒らず、慌てず、平静を保ち続けている。
 だがこれからその仮面を一気に崩せるかもしれないと思うと、ゼロの心が悦びに震える。待ちきれず、ゼロは椅子に腰掛けると、ツバキにはっきりと見えるように例の本を寝台の上に投げた。
「これを、レオン様からお前にと預かったんだが」
「どれー…あっ…!」
 目にした途端、明らかにツバキの顔色が変わった。一瞬笑みが消え、慌てたように目を見開いたのを見逃さなかった。それもそうだろう、中を見てしまったゼロにはそれが普通の書物でないことは知れている。そしてそこから導き出されたゼロなりの答えが正しければ、ツバキが慌てふためくのは予想通りだった。
「これはなんだ」
 正面からじとツバキを見据えると、微かながら瞳が泳いでいるのが確認出来た。完璧を自称する男にしては珍しい困惑した態度が、ゼロの内なる欲望をじくじくと刺激する。
(イイ顔するよな…)
 普段とのギャップが更にたまらない。取り澄ました顔で辛辣なことを口にしていた最初の頃も嫌いでなかったが、完璧が崩れ去る瞬間はもっと好きだった。そして、完璧が崩れた状態のこの男を抱きたいのだ。
(だがまだだ…まだ時じゃない)
 もう少し、言葉で責めて楽しむのも悪くないだろう。完璧でいられないツバキの心情を思うと同情したくもなるが、ゼロがそうして人を責めるのを好むのはツバキも知っているはずだ。
「なんだ、って…中、見たー…?」
「あぁ、見た」
 見ていない、と言っても良かったが、事実誘惑に負けて見てしまったのだし、これ以上嘘まで重ねることもないだろうと、ゼロは正直に告げた。するとツバキはより一層困ったように、本を凝視したまま指先を擦り合わせる。
「えぇとー…うん、まぁ、そういう本だよー?」
「へぇ、どうしてまた、こんな本を読んでたんだ?」
「それは…」
 なかなか普段の状態を取り戻せずに、ツバキはまた口ごもった。非常に珍しい状況であり、ゼロはここぞとばかりに畳み掛ける。
「イヤらしいな…こんなの読んで、一人でシてたんじゃないのか」
 こんなの、と言いながら、ゼロは放り投げた本を開き、そのうちの一ページをツバキの眼前にさらして見せた。
 本の内容は、男同士の性交について書かれたものだった。方法から注意書きから、人体の性感帯など多岐にわたって記載されている。ゼロにしてみれば今更学ぶべきところのない内容であったが、知らぬ者が見るには十分であろう。こんなものをどこで手に入れたのか、そんなことは追求するつもりはなかった。
「それとも…俺にされるより、本を見ながら一人でヤるほうが好みか?」
「…!」
 暗に最近避けられていることを咎めるように、同時に相手の羞恥を煽るように言えば、ツバキは複雑そうな表情でキッとゼロを睨み付けた。その不安定な表情はゼロの嗜虐心を強く刺激し、背中をぞくりとしたものが這った。
「なんでそういう発想しかしないかなーゼロは…」
「じゃあなんでだ」
 詰問すると、またしてもツバキが視線を反らした。その顎をとらえて、無理やりゼロの方を向かせる。
「理由を当ててやろうか?それとも自分で白状するか、どっちがいい」
 どちらも結論は変わらないが、わざわざ選ばせるあたりゼロは自分の性格の悪さを認めざるをえなかった。
 しばらく考えるように目を伏せていたツバキだったが、はぁ、と大きなため息をつくと、己を捕らえるゼロの手を押し返そうとする。
「もう、いいよー…言うから。とりあえず手、どかしてよー」
「嫌だね。目ぇ逸らすだろ」
「だって…」
「なんだ?」
「う…」
 普段のツバキなら軽く流せるようなところも、今のツバキでは無理だった。完全にゼロが主導権を握っているこの状況が、楽しくて仕方ない。
「だって俺…あーもう!いいやわかったよー!」
 突然わっと叫んだかと思うと、ツバキは真正面から堂々とゼロのことを見据えて、片方の手に持つ例の本をびしっと指差した。
「俺はね、その本で男同士のやり方勉強してたんだよ!他のことは完璧な俺だけど、悔しいことにそういう知識が全然ないから、ちょっとでも勉強しておかないとそういうことしてる間中、戸惑うばっかりで完璧でいられないと思ったんだよー!」
 こうなりゃヤケだと言わんばかりについにツバキが喚いた。今の姿のほうがよっぽど完璧からかけ離れているのだが、それどころではないツバキが気がつくことはないのだろう。思わずニヤけるゼロに、馬鹿にされたと感じたのかツバキはゼロの手を振り払い、口早に次の言葉をつむぐ。
「仕方ないでしょーそういうのは習わなかったんだから!だって前回の時、後から思い返したら俺、よくわからないままゼロに色々されて、結局よくわからないままみっともない格好させられて、どう見たって完璧じゃなかった!…それは全部ゼロが悪いわけじゃ、ないけどー…」
 最初は勢いよく喋っていたが、すぐに冷静さを取り戻したのか、ツバキの言葉尻は小さくなっていった。今日は色んな側面が見られて面白いな、と思いながらあの日のことを思い出して、ゼロはなるほどと一人ごちる。
 文武両道、才色兼備、そして努力の天才であるツバキという男であったが、男同士の致し方というものについてはとんと知識がなかったらしい。この外見でまさかと思ったが、それは事に及んでみればすぐに気が付いた。その点百戦錬磨のゼロの手によって、あれよあれよという間に脱がされ、喘がされ、果てさせられていた。ゼロは全く気にしなかったし、むしろ新鮮な反応で嬉しいぐらいだったのだが、ツバキにとってはそれがあまりにも情けなくて、なんとかして学ぼうとしたのだろう。
「最近俺のこと避けてたのは、それが理由か」
「うーんまぁねー…今やってもまた前回みたいなふうになっちゃうんじゃないかって思ってさー」
 完璧を志すツバキにとって、それは耐え難いことであったのかもしれない。
 だがゼロにはそんなこと知ったことではない。行為を拒まれていたということは事実なのだ。それ以上に、本心はよけいなことをするな、である。
「まったく、つまらないことをするな」
「えーなにそれ…」
「俺は、お前のそういう顔が見たいんだ。俺に責められて、困惑して、完璧なんて演じられないぐらいに悦ぶお前がな」
「だからそれじゃあ俺が嫌なんだよー!」
「だからそれでいい、お前が嫌がるのを見るのが楽しいからな」
 にやにやと自分でもいやらしい笑みを浮かべているのがわかる。けれど、楽しいのだから仕方がない。ゼロの前だけで、ゼロに対しては完璧も何もなくなるのがたまらなく嬉しい。
 う、と言葉を詰まらせた後、ツバキはじとりとゼロをにらみつけた。
「ほんっとにゼロってさ…性格悪いよねー…」
「そんな俺に抱かれて悦ぶお前も、随分な物好きってことだ」
 睨み付けたといっても、羞恥か屈辱からか頬を染めたその表情では恨み言にも聞こえない。
 上機嫌なゼロに対し、ツバキはもう一度大きくため息をついた。そして言いづらそうに小さく口をひらく。
「まぁ…完璧でいたいのもそうなんだけどー…」
「?」
「あんまり何も知らないままだと、そういうことが得意そうなゼロにいつか飽きられるかもしれないって思ってさー…」
 目を逸らしてそんなことを言うツバキに、ゼロは目を丸くした。
 ――なんだそれは。つまりゼロに飽きられるのを恐れて、行為に慣れようとしたというのか。なんだそれは。本当にツバキもゼロのことを好きでいてくれたというのか。
(クソ…そんなのは予想してなかっただろうが!)
 今度はゼロの余裕がなくなる番だった。付き合っていることを疑っていたわけではなかったが、そんな女々しいことをツバキが言うとは思わなかったのだ。
 たまらず、あふれ出した衝動のまま、警戒を解いているツバキの手を引き寄せて、その唇を奪った。
「っ――ん、っ…!」
 突然のことにツバキは目を丸くするだけで、反応速度は遅かった。戦場では致命的であるが、今は好都合だ。幾度か音を立てて口付けた後、いまだ碌に反応出来ていないツバキを壁に押し付けた。
「ちょ、ゼロ…!」
「ヤるぞ」
「い、今??」
「当たり前だ、どれだけ我慢させられたと思ってる」
 大体、そんないじらしいことを目の前で言っておいて、なだれ込まないわけがない。ゼロに抱かれるのが嫌でないというのなら尚更のことだ。
 ここで素直に頷くのは彼の矜持に関わるのか、わずかに抵抗を見せるツバキの頭を掴み、もう一度口付けた。隙間から舌をねじ込み、奥に引っ込んでいる舌に絡めて巧みに引きずり出す。そのまま、音を立てて吸うと、ツバキの身体がふるりと震えた。
「ふっ…ぁ、」
 口付けを止めぬまま、もう片方の手は衿を割り、白く滑らかな肌を撫で回す。胸の突起を掠めるとツバキの舌が奥へと引きそうになったので、逃がしはしないと追いかけて執拗に絡めた。くぐもった声が漏れ、少し苦しそうに細めた目がゼロを見る。あえて気にせず、胸の突起を指先でつまみ、指の腹を合わせるように擦った。ん、と声にならない息がツバキの口から漏れた。
「ん…ぅ、…っ」
 そのまましばらく口付けと愛撫とを続けていると、抵抗しようとゼロの胸元を突っぱねていたツバキの手からはいつの間にか力が抜けていた。かわりに、弱弱しくゼロの服の裾を掴んだ指先を、時折ピクリと反応させている。
 嬲るうちにぷっくりと膨らんできたもう片方の乳首も愛撫してやりたかったが、いかんせん後頭部から項、背中、それから腰にかけてを丹念に撫で回すので精一杯だった。久しぶりに触れた肌は指に吸い付くようで、触れているだけでゼロを昂らせる。
「…っは、…はぁ…」
 唇と肌とを堪能したあとでようやく唇を離すと、つうと銀の糸が引いた。それをぬぐいながら、ツバキは大きく息を繰り返して酸素を取り込んでいる。目が潤み始めているのが扇情的だった。
「なんだ、あの本、キスの仕方までは書いてなかったか?」
「うるさいよー…大体ゼロが、いきなり突っ込んでくるから悪いんでしょー…」
「下の口にはいきなり突っ込まないから安心しろ」
 体を撫で回していた手を臀部の方へと移動させると、ツバキが戸惑ったようにぎゅうと手を握り締めるのが面白くてゼロは笑った。このままここで致してもゼロは一向に構わなかったが、行軍中と違って折角寝台があるのにそれを使用しない手はないだろう。
「なぁ…もうお前もヤる気だろ…?」
 耳元で囁き、わざと音を立てて形の良い耳を舐めた。同時に臀部をやわやわと揉む。ひっと息をつめて口を閉ざしたツバキだったが、しばらくの後、首を縦に振った。まだ行為中の自分が完璧でいられないことに複雑な思いを抱いているようだが、とりあえず了承は得た。
 早速ツバキを寝台に押し倒すと、ゼロは机にあった香油を拝借した。専用のものを準備してこなかったのはゼロの落ち度だが、そこは技術面でカバーするしかない。
 掌に垂らし温めた油を纏わせた指で、孔の周辺をぐるりと撫でたあと、ぐ、と中指を押し込んだ。小さく息を呑む音が聞こえたが、痛みというよりは不快感からくるものだろう。傷つけないようにだけ注意をはらい、ゼロは巧みに指先を進めていった。ぐるりとかき混ぜ、内壁を擦ると、指がきゅうと締め付けられる。その快楽を知っているだけに、早く中へと入ってしまいたいと逸る気持ちを堪えて、ゼロはひたすら解すのに専念する。その際、前回の時に見つけたしこりの部分に触れると、またしてもツバキが、今度は声をおさえきれずに小さく喘いだ。
「んっ…」
「あぁ…ここは本にも書いてあっただろ…?前回の時も、弄ってやったと思うが」
「ぁ、…!」
 不快だけではない感覚に思わず閉じそうになるツバキの足を、間に割り込ませた自分の身体で防ぎ、ゼロは執拗にその部分を責めた。ただ、後ろだけでは辛いだろうと、中を広げる手とは反対の手で力無く横たわるツバキのものを握り込み、ゆっくりと上下させた。いきなりの直接的な快感に、はっとしたようにツバキの腰が引けそうになるのを、視線で咎めた。
「逃げるなよ」
「っ…」
 そちらの手にも付着した香油がぬるぬると滑りをよくし、ツバキの快感を引く出していく。
「は…あ、っ…」
「イイか…?」
 わざと尋ねると、恨みがましそうな瞳がゼロをにらんだ。ゼロがこういう性格なのはわかっているのだから逐一反応しなければよいものを、完璧であろうとするツバキには客観的に見た己の姿を揶揄されるのはどうにも気になることのようだった。
(まぁ俺にとってはありがたいことだな)
 くつくつと喉で笑い、ツバキの視線を受けながらゼロはまた行動を開始した。少し動きがスムーズになったところで指を増やし、奥をかき混ぜ、開く。それを繰り返し、三本が入るようになったあたりでようやく手を止めた。
 ツバキの痴態を見ているだけで、すでにゼロの中心は硬くそそり立ち、臨戦態勢だった。盛りのついたガキかと愚かしくも思うが、ゼロにとって興奮をもたらすものは身体への快感よりも、どちらかというと精神的な愉悦だ。その点、ツバキの反応はゼロを十二分に満足させてくれる。
「今からこれが…お前のナカに入るんだぜ」
 下着から自分のものを取り出し、ツバキの眼前に晒す。興奮状態の他人のものなど当然見たことのないツバキは、ちらりと視線を向けたあと、すぐに明後日の方向を向いてしまった。本当に初心な反応だ。ただいずれはコレを見て物欲しそうな顔を見せるようになるまでに、ゼロが色々と教え込んでやろうと思っているが、それはまた今後の話だ。
「挿れるぞ…」
 訪れる快感への期待に、少し声が掠れた。小さくツバキが頷いたのを確認してから、男にしては細身の腰を掴み、ゼロは己のものを後孔に当てがう。そのままぬるぬるとほぐすように前後させてから、ぐぐ、と中へと侵入させた。
「う…ぁ、…っ!」
 慣らしたとはいえ異物感が取り除かれることはなく、ツバキの口から絞り出したような声が漏れた。申し訳ないとも思うが、その声さえゼロの興奮を煽る。そういう性癖なのだ。
 じりじりと腰を推し進め、一番太い部分が通過すると、あとはそれほど苦労なく最後まで入った。さすがに女性のように柔らかく受け止めてくれる器官でなはく、ぎちぎちと締め付けられる感覚があるが、慣れればこれも悪くない。むしろゼロはこちらのほうが好みだ。
 まず一仕事終え、ふぅ、とゼロは熱い息を吐いた。前回と変わらず、ツバキの中は熱かった。闇雲に動けばすぐに達してしまいそうな程に心地良い。あの完璧で、常に余裕たっぷりの面の下にこれほどの熱さを隠しているかと思うと、今後普通の場所で会ってもこの熱を思い出し疼いてしまいそうだ。
 ゼロの動きが止まり、ツバキのほうも、はぁ、と安堵の息を吐く。だが本番はこれからである。
「動くぞ」
「はぁ…ゆっくり、お願い…」
 そのお願いに応えて、ゆるゆると穏やかな動きで腰を動かし、ツバキの中が慣れるのを待つ。動きに合わせて呼吸を整えていたツバキの顔から苦痛の色が薄くなったあたりで、一度口付けをしてやった。
「んっ…」
「お前の中、熱くてトロトロで…最高だな」
「…それは、良かったねー…」
 軽口を叩いてみせたようだが、あまり余裕はないようだった。一応二回目ということなので、まだこの感覚に慣れていなくても仕方ないだろう。だがいつまでも揺りかごのような感覚でいてもらっては困ると、緩やかに動かしていた身体を、明確な意図を持って動かし始めた。
「あっ、ゼロ!待ってって…っ…!」
「もう待った」
 決して痛くはしていないつもりだ。ゆえに、待てというのは自分から良いと言い出しづらいツバキの心持ちの問題なのだろう。それならば遠慮することもあるまいと、ゼロは次第に動きを激しくしていく。
「あ、ぁあっ…あ…っ、や、ぁ…!」
 奥を穿つ度、ツバキの口から艶かしい声が上がる。円を描くようにぐりぐりとかき混ぜると、白い喉を仰け反らせて身体を震わせた。
「それ、駄目っ…だよ…あ、あぁっ…!」
「駄目じゃなくて、イイんだろ」
「や、ぁん…、あ…っ…ぁああっ!」
 容赦のないゼロの動きに、ツバキの声も止まらない。確かにこの有様では、後で思い返した時に落ち込みたくもなるかもしれなかった。
 肌がぶつかり合う音と、荒い息遣いと、ツバキの声とが断続的に室内に響いている。ぐちぐちと結合部から零れる粘着質な音が卑猥で、この熱にまみれた空間において非常に心地よい。
「ふふっ…俺のコレ…うまそうに咥えて、締め付けて離さないなんて本当に淫乱だな」
「あ、ちがっ…ぁあ…っ!」
「そうか?その割にはお前も…随分とヨさそうだが」
「んっ…も、やだ、ゼロぉ…ひ、あぁっ!」
 先端まで引き抜いてから、再び一番奥まで突き入れると、甲高い嬌声が上がった。ふるふると頭を振るうたび、美しい髪が左右し、汗で湿った体に纏わりつく。
「…はは、たまらないな、お前の今の顔…色んな液体でグチャグチャにまみれて、いやらしい」
「…っ…いわないで、ってば、そういう恥ずかしいこと…!」
「本当のことだ」
 大体ツバキが恥ずかしがるから楽しいのであって、だから恥ずかしいことを言うのだ。言われた通りゼロの性格は悪いが、ツバキとてそんな甘ったるい声で嫌々と言うのだから本気で嫌がっているわけでもないだろう。
 欲望のままに引き抜き、突き入れ、中を擦る。同時にツバキの感じる部分に当てることも忘れなかった。身体に与えられる快感と、ツバキが乱れることによる精神的な快感の二つがゼロを最も興奮させるのだ。
「あ、あぁっ…ん、っ…ぁ、あぁっ!」
「ふっ…は、完璧が聞いて呆れる顔だな」
 だらしなくひらかれた口の端には唾液が伝い、目元もすでに涙で濡れている。溢れる声は明らかな情欲を滲ませており、ゼロの脳内をじんじんと刺激した。
「もっと全部俺にさらけ出してみろよ」
「あ、ゃ…あ、ぁあっ…ゼロっ…!」
 内壁がぴくぴくと痙攣し、ツバキの限界が近いことを告げる。頃合いかとゼロもまた律動を早め、がつがつと激しく内壁を抉った。ぐちゅぐちゅと粘着質な音が激しくなり、荒い息遣いが室内を満たしていく。
「あっ、あぁ…ん、ぁあっ、…も、ダメ…!」
「そうか…っ、は…じゃあイクぜ…っ」
「ひ、ぁあ、んっ、ぁああっ…、っ…!!」
「くっ…!」
 最奥まで穿ち、解放を待ちわびていた子種を注ぎ込んだ。数日ぶりの吐精は目がくらむ程に心地良く、びくびくと幾度か身体が震える。ツバキの腹にも白濁の液体が飛び散っており、同時に果てたことを物語っていた。ゼロの技術もさることながら、これでイケるなら大した素質だと考えの回らない頭でぼんやりと思った。
「っ…はぁ…」
 荒い息をしばらく繰り返しながら、ピンと伸ばされていたツバキの指先がゆっくりと弛緩していく。後孔の締め付けも解かれ、ゼロがずるりと引き抜くと、追いかけるように白濁の液体が流れてきた。あとで処理してやらないとなぁと思うのだが、少しもったいない気がした。
(こんな格好、絶対に誰も知らないだろうしな…)
 そんなことを考えていると、のそ、とツバキの手が動いた。緩慢な動きで己の顔を隠し、はぁぁぁぁ、と深い息を吐く。
「あー…もうやだ…今日も結局やられっぱなしだった…」
 かっこ悪い情けないーとツバキが不満そうにそうつぶやいた。声には出さないが、今日も全然完璧じゃなかった、と嘆いているのであろう。今更顔を隠したところで遅いのにな、とゼロはツバキのせめてもの抵抗を眺めつつ、汗でほんのり濡れているツバキの髪を梳いてやった。
「俺が色々教えてやるから、お前は完璧じゃないままでいい」
「うーんそう言われてもなー…断るよーやっぱり俺の気が済まないもんー」
「この完璧主義者め」
「今更でしょー」
 先ほどまでの乱れきった状態とは違い、腕の隙間からふふんと満足げな瞳を覗かせて笑うツバキにむっとして、ゼロは梳いていた手で髪をぐいと引っ張った。

「っていうか明日は新兵の訓練があるのに腰が痛いなーどうしてくれるのかなー」
「みんなからは完璧だと思われてるお前が、腰が痛いのを我慢して無理やり笑顔浮かべて兵たちの前に立ってるかと思うと、ぞくぞくするな」
「うわ変態」
「なにを今更」