――ゼロの記憶は、断片的な悪夢で構成されている。

 血に染まった視界、苦い錆と土の味、下卑た笑い声、わずかばかりの金、生きるために心を殺し、死んだように生き抜いた日々。
 それらがまるで静止画を次々と見せられているように、脳裏によぎってはすぐに身を潜め、またふとした瞬間にゼロの胸中に蘇る。それを幾度も、幾度でも繰り返すのだ。
 消え去ることのない、心に刻み込まれてしまった悪夢。永遠と呼ぶに相違無い闇。
 ゼロは未だに、その闇に苛まれ続けていた。
 厄介なのは、それが夢ではないことだ。夢ならば眠りさえしなければ見ることはない。けれどその悪夢は、ゼロが目を覚ましている時にこそより強くその存在を主張する。自室で月を見ながら酒を飲んでいる今この時でさえ、炭酸に浮かぶ泡の如くに湧き上がり、ぱんっと儚く姿を消す。その繰り返しだ。
 泥にまみれた幼い己の姿は、こうして客観的に見るほどに惨めだった。盗賊に身をやつし、盗みを正当化する己の姿は実に哀れな子供だった。
 しかし、それに振り回されるほど惰弱な精神ではない。過去は過去として受け入れて、今を生きている。ただ、意識の上部を流れていく景色のように、なんとなく過去の映像が流れ続けているだけだ。それを見た幼い時分のゼロが、表に出ることのないゼロの中で、痛い苦しいと声を上げているだけだ。
 それら全てを切り捨てて忘れようと思ったことはある。忘れてしまえればどれほど日々が楽になるだろうと、幾度思ったかわからない。
 だがゼロはそれよりも強い想いで、忘れてはならぬと己を戒め続けていた。暗く冷たい掃き溜めのような生活。あれこそがゼロが生きた日々だ。そして今のゼロを構成している重要な因子だった。あの悪夢を忘れるということは、今のゼロをも否定するということだ。どれほど苦しい過去だとしても、それでは意味がなかった。
 ゼロは、レオンと出会い、彼の臣下として生きてきた日々を否定などするつもりはない。レオンに出会えたあの日は、深く汚らしい沼のような闇の中から、暖かな日の当たる場所へと連れ出された人生における最高の日だ。きっとこれ以上の喜びに出会う事など一生ないだろうとさえ思っている。ゆえに、今にたどり着いた過去の道を、誰にも否定などさせるつもりはなかった。
 たとえそれが、現在のゼロという人間にとって深い影を落としているのだとしても。今もなお、心の内にあの日々を傷として抱える、幼い自分が住み着いているのだとしても。



 これまで手を取り合うことなど不可能だと言われてきた白夜王国と暗夜王国が、共に見えざる敵に立ち向かうこととなり、数日が経過していた。
 星竜リリスによって案内された秘境の城では、両軍の兵がぎこちなく訓練を行っている。軍のトップであるリョウマやマークスの決断とはいえ、つい先日まで命をかけて戦っていた相手と急に共闘しろなど、すぐさま心の整理がつかぬ者がいても仕方のないことだろう。
 その点において、ゼロの判断基準は簡単だった。レオンがそう決めたのであれば、従うだけ。主君を持つ臣下にとって、他に何の答えが必要であるというのだろうとゼロは思っていた。
 ただし表面上は、である。
 ゼロは確かにレオンを盲信しているが、周りが見えなくなる程の愚か者でもない。オーディンという男をレオンが臣下に迎えると決めた件でも、ゼロは極めて冷静にその胡散臭い男の過去を探った。レオンの言うことには従うが、あくまで自分なりに確認して納得した上での付き合い方をしていくのがゼロのスタイルだった。
 ゆえに、ゼロは白夜の者達に対しても同じように考えている。表面上はレオンの命で仕方なく、しかし特に問題を起こすことなく人々と付き合いながら日々を過ごしていた。ゼロの物言いは誰に対しても挑発的であるからか、こういう人間なのだろうと受け入れられているのが幸いした。
 正直なことを言えば、一般卒の兵士一人一人まで興味はなく、彼らが暗夜だろうが白夜だろうがどうでもいいことだった。ゼロにとっては路傍の石と変わらない。
 しかし白夜王家に深く関わりのある者達に関してはそうはいかなかった。レオンに付き従えば、嫌でもそういう相手と時間を共にすることがある。ゼロが考えて応対すべきは、彼らと相対する時のことであり、そしてまさに、今日がその日であった。
(面倒だが…仕方ない)
 招待された会場に向かうレオンの後ろに付き従いながら、ゼロは内心で息を吐いた。

 今日は親睦を深めるためにと、カムイが企画した懇親会が執り行われることになっていた。義理の兄弟と実の兄弟との間で揺れ動いていたカムイは、皆が手を取り合える道を画策する一歩として、彼らとその臣下、各国の主だった面々で構成されたメンバーで、食事をとることを提案した。準備は全てカムイが指揮をとり、そのメイドやバトラーが手配している。どちらが主催でもない、ゆえにどちらの王族も気兼ねなく参加して欲しいというカムイの願いが込められていた。
「ゼロ」
「はい」
「いつもの口調は一応控えるように」
「心得ています」
 一時は裏切り者だと冷たく当たったレオンも、今ではカムイのことをまた兄だと慕うようになっている。むしろ一度疑ってしまった分、その罪悪感もあってかより一層慕わしく思っているようだ。そのカムイの顔に泥を塗るわけにもいかないと、今回の懇親会に臨む姿勢である。
 レオンがそう決めたのだから、ゼロもカムイに対しては主君の兄君であるという認識で、公の場ではそれなりに丁重に扱うつもりだった。個人的に親睦を深めたいと言ってくるなら、また話は別であるが、とりあえず非礼のないように接するだけだ。
 ただ素直なことを言えば、面倒くさい、とは思っていた。本心から仲良くするつもりなど、ゼロには毛頭なかった。

 会場となった大広間には、招待を受けた全員の姿があった。さすがに白夜暗夜入り乱れて、という訳にはいかず、正面向かって右に白夜、左手に暗夜というように明らかな所属わけがおこなわれている。それでも、閉ざされた空間にこれだけの両者の者達が揃ったのは初めてではないだろうか。カムイもそう思ったのか、人の集まり具合に嬉しそうにしていた。
「えぇと…今日は集まってくれて、本当にありがとう。俺を信じてくれただけでなく、お互いに歩み寄ろうとしてくれていることが俺はとても嬉しい」
 広間の正面に立ちそう話すカムイに向けられる王族の目は皆優しい。本当に皆から愛されている、と嫌でもわかるがゆえに、ゼロは少しカムイにも苛立ちを覚えてしまった。両親に捨てられ、誰も自分のことを愛してくれなかった過去の記憶が訴えるくだらない嫉妬だ。くだらないと言い切れる程には、過去は過去だと割り切っている。
 ただそれでも、その存在がゼロから消えることはない。今のゼロが割り切っていたとしても、過去の己が心の内で喚くだけなら自由であろうと、囁かれる恨みの声は成すがままにしていた。

 軽い挨拶が終わり、カムイの主導でリョウマとマークスがぎこちないながらもグラスを合わせたのを切っ掛けに、両陣営の人が少しづつ歩み寄りをはじめた。もとより社交的な者もいれば、ゼロのように主君の命だから、あるいはカムイのためならば仕方ないと言葉を交わし始める者いる。皆思い思いの感情を抱えていたが、この集まりを心から嫌がっている者はいないように見受けられた。
(流石はカムイ様、といったところか)
 ゼロはそんな中、レオンが誰かと話しているのを、肉を食い酒を舐めながら少し離れた壁際に背を預けて見守っていた。本来はゼロも近くで談笑するべきなのかもしれないが、いつもの口調を控えるようにと言われている手前、あまり軽率に口を開けないのだ。特に陽の当たる豊かな土地で育ってきた白夜の連中相手では、その恵まれた環境ゆえにふとした瞬間に例の口調が漏れてしまいそうで、ならば積極的には絡まぬ方が良いと考えている。レオンもそれは承知しているのか、こちらへ来いとは言わなかった。
(しかしまぁ、なんというか…)
 第三者を決め込んで遠巻きに会場を見回しながら、ゼロは呆れたように目を細める。
 白夜の者達の顔は未だあまり見慣れぬものであったが、誰も彼も満ち足りた顔をしているように見えた。それはゼロの歪んだ性格が見せる幻などではなく、実際、もし暗夜が攻め込んで来なければ、彼らはそれはもう何一つ憂いのない豊かな生活を送っていたのだろう。暖かな陽の光、豊富な食物、有能な指導者。だから白夜にとって、その生活を脅かす暗夜は歴然とした敵なのだ。
(恵まれた者は随分と余裕があることで)
 自分で考えておいてなんだが、つい皮肉が口をついて出そうになる。
 自分達の侵攻を絶対の正義であったと言うつもりはないが、侵攻でもしなければ生きていけない苛烈な暮らしがあることも少しは理解されているだろうか。生きようと思って生きなければ、死んでいくのが暗夜の常なのだ。
 まるで盗みをしなければ生きていけなかった昔のようだ、と不意に思った。そう考えると、あの過去の日々は貧しい土地で暮らす暗夜の縮図であったのかもしれない。
(あぁやっぱり…来るべきじゃなかったかもしれないな)
 両国の明らかな差を見せ付けられ、ゼロは嫌な記憶を揺り起こされている。
 暗夜王国が欲しいものをたくさん持っているなんて、あいつらはずるい、卑怯だ、少しぐらい譲ってくれてもいいのに、と喚く幼い己の声を聞きながら、ゼロは遠い目で白夜の人々を見つめていた。

 しばらく色々と考えていたが、その間も手と口の動きは止まっておらず、気がつけばゼロの持つ皿もグラスも空になっていた。用意されているものは決して質の悪いものではなく、あまり味わわずに飲み食いしてしまったことを少し申し訳なく思う。
(…アレコレ考えてても仕方ないし、とりあえず料理だけでも楽しむか)
 そこでようやく前向きな考えに至ったゼロは、いまだ誰かと話しているレオンを横目に料理の並べてあるテーブルへと移動しようとした。しかしそれと時をほぼ同じくして、すっと目の前に皿とグラスが差し出された。
「これ、食べますー?」
 同時に、突然、間延びした声がゼロの隣から聞こえた。思いのほか近くから聞こえた声に、人の気配には聡いはずのゼロが察知出来ていなかったというのか、と危機感を覚えばっと振り向くと、そこには一人の男がゼロに皿を差し出して立っていた。
(こいつは…)
 白夜との戦場で幾度か目にしたことがあるのだが、咄嗟に名前が出てこなかった。それよりも、気付かれずに隣に立たれた事の方が問題だった。少しぼーっとしていたが気を抜いていたつもりはないので、男が相当の手練れであるということなのだろう。
 差し出されたものに手を出すこともなく、じ、と睨み付けていると、男が首をかしげた。その際、少し癖のある茜色の髪がさらりと揺れる。
「あ、いらなかったかなー?今すぐそこでもらってきたやつなんだけどー…」
 余計なお世話だったかなー、と言いながらにこりと笑みを向けられた瞬間、ゼロの中の危険信号がびりりと波動を放った。知らず、目が細くなり、眉間にシワが寄る。
(――駄目だ、この男は)
 ぴりぴりと粟立つような感覚が体中を駆け巡る。これは直感だ。
 ――こいつとは相容れない。
 そうゼロの本能が叫んでいる。なんの確証も、理路整然とした答えもなかった。しかし共存できる相手ではないと確信したのだ。
 後に冷静になって考えると、男の浮かべた笑みがあまりにも完璧すぎたからだと思う。まるで作り物のようで、笑顔だというのに本当の感情が読み取れない気持ちの悪い笑みだった。
 しかしまだその考えに至れないゼロは、理解できない苛立ちに翻弄されていた。何がそんなにも気にくわないのかわからないが、吐き気がするほどの嫌悪感を覚える。
 だから、ではないが。
(…あぁ、思い出した)
 これは確か、白夜第二王女の臣下であるツバキという男だ。敵同士だった頃から、前線で戦う兵士達の間で数々の噂があることを思い出し、ゼロは隣に立つ男を見据えた。そして耳にした噂を記憶から引きずり出す。
 白夜に生息する天馬を駆り、ゆるりと遥か上空からこちらを見下ろしているかと思うと、一筋の矢と見紛う程に鋭く戦場に降り立ち瞬時に命を刈り取る蒼穹の狩人。その美しさに目を奪われ動きを止めれば最後、記憶はそこで途切れるであろうと称されている。実際、幸いにも命を取り留めた兵達の報告によれば、その目に最後に写ったのは眩い程に見事な笑顔を浮かべた天馬武者の姿だという。暗夜には存在しない特殊な兵種だけに、その生態を研究しきれずに幾多の兵が葬られていった。
 ただ、弓を扱うゼロにとっては格好の標的であることは違いない。ツバキの噂を兵士たちから聞いてもあまり恐怖感を覚えなかったのは、おそらく打ち落とせるだろうと自分の腕に自信を持っているからだ。結局一度も戦場では相見えたことはなかったが、ゼロがツバキを撃ち落とす未来もあったかもしれない。
(この男がねぇ…)
 それにしても兵たちの噂話は大袈裟すぎるだろう、とゼロは無遠慮にツバキに視線を投げかけた。いつものように全身を舐め回すようないやらしい視線ではなく、相手を値踏みする視線だ。
 着ている服は白夜の者達の造形とほとんど変わりはないが、儚げな見た目とは裏腹に相当鍛えているだろうことは動きを見るだけでわかる。立っている姿一つ見ても、隙がないのだ。とりわけ天馬に乗る者は、その体重管理に重きを置き、無駄のない筋肉をつけているらしい。ゼロより細そうに見えて、その力はゼロよりも強いのだろう。自分は技巧派であるので非力であることを嘆くつもりはないが、少しばかり気に食わない。
 そして、優雅な物腰でグラスを傾け、苦労など知らなさそうな緩い笑みを浮かべるその姿に、やはりゼロは相容れない相手であるという確信を得る。
 噂で聞くには、このツバキという男はなにもかもが完璧な男だという。戦闘は勿論のこと、天馬の扱いや豊富な知識、上流階級でも通用する身のこなし、対人関係、更には家事全般に至るまでこの男に出来ぬことはないと言われている。
(…あぁ、ヤバいな)
 その評価と、実際本人を目の前にして、ゼロの中でしばらく身を潜めていたはずの他人への嫌悪が、ゆっくりと顔を覗かせている。

 ――この男こそゼロが憎み、恨み、地の底に落としてやるべき相手ではないのか。

 心の内で囁く声がある。その低くざらついた囁きは、間違いなくゼロの声をしていた。誘われるように、ふつふつと煮えるような憎悪の感情が湧き上がってくるのがわかる。
 ――ツバキ。
 代々白夜王家に仕える一族に生を受け、将来王家に連なる者に生涯を捧げるべく育てられ、見事に王城兵となり、そして第二王女の臣下というこれ以上ない地位を勝ち取った男。実力や経歴など関係なく、生まれながらにしてその地位を約束されていたのかと思うと、あまりの境遇の違いに吐き気がした。
 人は皆平等なのだと説く人間もいるが、そんなものは全くの嘘だ。ゼロとツバキという男を比べるだけでも一目瞭然だろう。人とは、生まれた時からこれだけの差が出るべく生まれたのだ。結果として地位は似たり寄ったりものだとしても、その過程には天と地ほどの差がある。
 じくり、と胸が痛んだ。そんな恵まれた人間がいる一方で、あのゴミのような日々を泥をすすりながら生きてきたゼロは一体なんであったのか。今もゼロの心に寄り添って、闇の中を歩いている幼い子どもはどうすればいいのか。考えるだに、どうしようもなく喚きたくなる。あまりに惨めだった。
(…そうだ、だから)
 ゼロは改めて、己の中に生まれた感情を確認した。
 だからこそ、苦労を知らないこの人当たりの良い表情を、踏みにじってやりたいと強く思った。それはゼロにとって自然な感情であった。八つ当たり、お門違い、単なるガキの我儘、なんとでも言ってくれて構わない。思考回路が歪んでいるのは重々承知だ。
 それでもゼロは、幼い日を生き抜いた過去のゼロは、この男の存在を羨み妬むしかなかった。そうすることでしかゼロは己の生き方を認めることができないのだ。惨めな自分をさらに惨めにしないためには、ツバキという存在を易々と容認するわけにはいかなかった。
 ――愚かな事だと、わかっているけれど。
 親睦を深めるはずのこの場においてあまりに相応しくない思考だったが、一度浮かんだ考えを即座に消すことが出来ず、ゼロは厳しい表情のままツバキを睨みつけるように見据えて、沈黙していた。
「えーと…うん、ごめんねー余計なお世話だったみたいだねー」
 ふと笑って、ツバキが差し出した皿を自分の方へと引いた。どうやらゼロの沈黙を明確な拒否表現であると受け取ったらしい。ただ、ゼロに拒否されたからといって嫌そうな顔一つ見せず、引き際の見極めも絶妙であった。
 そんなところまで完璧で苛々する。ツバキだけが恵まれているわけでもないのに、ツバキに対してのみこれほどの感情が迸るのは、この完璧さのせいと、直感のせいだ。
「じゃあ、俺は行くよー」
 最後までその、ゼロに言わせると「わざとらしい」笑みを崩すことなく、ツバキは他の人々の輪へと消えていった。長身の頭はふらふらと揺れていたが、やがて誰かの陰に隠れて見えなくなった。

 ツバキが去って行った後も苛立ちを消しきれず、苛々としていたら気がつけば食事会は幕を閉じる時間になっていた。カムイが最後に何か喋っていたような気もするが、何も思い出せない。その時背中をぽんと叩かれて、思考を取り戻した。
「ゼロ…深淵を眺めるが如き憂い顔だな。内に秘めし激情が心を蝕んでいるのか」
 この芝居がかった独特な言い回しを好むのは、ゼロの知る限り一人しかいない。むしろ、そうそういてもらっては困る。振り返ると、ゼロの思い通りの男が立っていた。
「オーディンか…今は機嫌がよくないから普通に話してくれると助かる」
「わ、わかった。なんか考え込んでるみたいだけど、その間にレオン様はマークス様やカムイ様達と先に帰られたぞ」
「そうか」
 いくら臣下といえど、兄弟の絆に割ってはいることは出来ないとわかっているため、置いていかれたことについては気にしていない。今はそれよりももっと気になることがあるのだ。
「なぁお前、白夜のやつと話したか?」
「ん?あぁ、白夜の呪いには興味があったからな。いい交流になったぞ?」
 阿呆みたいな喋り方に目を瞑れば、オーディンは社交的で人当たりも悪くない男だった。余所者だからか生粋の暗夜の人間に比べて白夜へのこだわりがなく、進んで交流していたようだ。基本的にゼロとは違う人種だなと思うのはこういうところだった。
「あとアレだ、えーと…ツバキだったかな?白夜の…」
 オーディンの言葉に、ぴくりと耳が動いた。その男の名は、今のゼロにはあまり聞かせないほうが良い名前だったが、オーディンがそんなことを知るはずがない。
「あっちから話しかけてもらえたから普通に話したけど、いい奴だったな!俺の話も笑って聞いてくれたし!」
 無邪気に笑うオーディンが、若干眩しく見えた。おそらくそれが、あの男に対する普通の者の感想なのだろう。軍の方針だからかはわからないが、暗夜白夜分け隔てなく笑顔で話しかけるツバキを邪険に扱う者は少ないのだろう。
 だが捻くれたゼロにはそう捉えられなかった。むしろ自分だけはあの笑みに騙されるものかと決意を新たにしたぐらいである。
(あの男を屈服させて、裏の顔を暴いてやる)
 完璧を称する男の化けの皮を剥いで、ただの平凡な人間であると思い知らせてやる。ぬくぬくと苦労も知らずに生きてきたあの男に、生の苦しみを刻み込んでやるのだ。それでようやく、ゼロはツバキという男の存在を許せるようになるだろう。

 その日から、ゼロのツバキへの執着が始まった。



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