青の騎士


 イザークの地とレンスターの地は、その両国の間に広がる広大なイードの砂漠によってその往来を困難なものにしていた。砂漠地帯を徒歩で渡りきるのは無理な話ではないのだが、かなりの体力を必要とし、特別な用事がない限りむやみに往復をする者もいなかった。
 だから、というわけではないが、シャナンはティルナノグでひっそりと隠れ住んでいた頃、レンスターの国がどうなっているのかを噂などで聞きはしたが、実際に見に行ったことはなかった。下手に動けばこの場所が見つかってしまうし、何より幼いセリス達を残して行くなどということは彼には出来なかったからだ。それだけの負い目を、何年も経った今でもシャナンは背負っていた。

 実際にレンスターの地を踏んだのは、解放軍としてイードの砂漠を渡りきった時だった。
 マンスター地方の北方に位置するレンスター城。そこには昔シャナンが見たことのある一人の騎士の姿があった。青の髪と青の衣に身を包んだ、レンスター王家に忠実な騎士。
 故レンスター王キュアンに仕えていた騎士――フィンである。
 その変わらず生真面目で元気そうな姿を見た時、シャナンは知らずほっとした気持ちになった。遠く懐かしい、あの日のことを思い出したからかもしれない。

「フィン、元気そうだな」
「これは……シャナン様、ですか?随分と立派になられましたね」
「フィンこそ、少し老けたな」
「えぇ、まぁ苦労しました。お互いに、ですが」

 従兄弟であるセリスとリーフがなにやら話しているのを見守っていたフィンに話しかけると、初めは誰だろうと戸惑っていたフィンだったが、やがてシャナンの中に幼き日の彼の面影を見つけたのかにこりと笑顔を浮かべて応えた。己の地位の低さと主君の存在もあり、当時は堅苦しかった笑みが随分と穏やかなものになっている。
 シャナンも彼なりに笑いかけると、フィンと同じようにセリス達の方に目を向けた。青の髪と茶色の髪が仲良さそうに近づきあっている。それを見てシャナンは少し目を細めた。

「あれがリーフか」
「はい。セリス様もご立派になられましたね。リーフ様も、キュアン様の面影があるのがわかりますか?」
「そうだな……セリスもどこか父親を思わせるところがある。ああしていると、まるで……」

 まるで彼らの父親を見ているようだ、と。
 言いかけた言葉を、シャナンは飲み込んだ。言ったところでその日々が戻ってくるわけでもないし、フィンとて言わずともわかっているだろう。フィンも幾度となくその目に焼き付けてきたのだ、彼らの父親の姿を。それにきっと父親の面影を持つリーフに並ならぬ愛情を一番に注いできたのは彼だろう、気づかないはずがない。
 シャナンがそう思って口を閉じたのをやはりわかっていたのか、そのことには触れず暫くしてからフィンは、あ、とつぶやいた。そしてまるっきり話をすりかえる。

「そうだシャナン様、宜しければいつかリーフ様に剣の稽古をつけていただけませんか?」
「私がか?今まではフィンが教えてきたんだろう?」
「えぇ、まぁ……ですが私は主として槍を専門にしてますので、シャナン様ほどの剣術はリーフ様に見せてさしあげられなくて」

 ご迷惑でなければ見事な剣術を見せて差し上げたいんです、とフィンは言う。

「……見事かどうか、フィンはまだ見た事がないだろう」
「昔、鍛錬にご一緒させていただきました。あの時から成長されているのであれば、間違いなく素晴らしい剣士になられているかと」

 疑う様子もなく言われて、シャナンは降参だと肩をすくめた。
 どうやらリーフは父キュアンの戦闘スタイルよりも、母であるエスリンの戦闘スタイルに似ているらしかった。フィンとて剣が扱えぬわけではないのだが、やはり槍使いとしての限度というものがあるのだろう。それでもリーフがさらに強くなりたいと願っているのを見抜いてこうしてシャナンに頼んでいた。
 目標があればその分強くなろうと考える、その目標が高ければ尚更に。もちろん高すぎる目標であきらめてしまっては意味がないが、リーフならばあきらめたりはしないだろうとフィンは思っていた。だからこそ、シャナンのような人物に稽古をつけてもらえるのはリーフにとって十分すぎる意味を持っているだろうと考えたのだ。
 自分の息子でもない、ただ主君の忘れ形見である王子にこれほどまで忠誠を尽くす姿は実にフィンらしく、変わっていない彼にシャナンは安心していた。
 同時に、両親は共に失ってしまっていたが、リーフは幸せだったのだろうなとシャナンは思った。フィンのような臣下がいるのは今は亡きキュアンにとって、今でもなによりも頼りになっていることだろう。

(私も、セリスにそう言ってもらえるだろうか)

 シャナンがいてくれて良かったと。
 そう言ってもらえれば、シャナンがここまで生きてきた意味もあるというものだ。そしてほんの少し、ほんの少しだけ彼の背負うものも軽くなる気がした。
 シャナンはフィンに笑いかけた。

「良い臣下を持つ君主は幸せだな」
「ならばセリス様も幸せでしょう。貴方やオイフェ殿といった方々に見守られているのですから」
「……そうならばいいな」
「そうに決まってますよ。少なくとも私はそう思います」

 あぁ、やはりリーフは幸せだ。彼の言葉と笑みとを見て、シャナンはそう思った。
 そしてそう言ってもらえたシャナンもまた、自分が思っている以上に幸せ者なのではないだろうかと思った。過去の許されるはずもない失態を咎められもせず、優しい人々に囲まれて。
 一度周囲に視線を走らせてみたシャナンは、それからふっと笑った。話の最中は気づいていなかったが、ラクチェやスカサハ、フィンが話してくれたノディオン王家の姫ラケシスの娘であるというナンナという少女など、色々な人がこちらを向いていた。シャナンとフィンがどういう間柄なのかを気にしてのことだろうか、それはどちらでもいい。
 自分のことを気にかけてくれる人がいるだけで、とりあえずのところ幸せなのだろう。
 笑みをうかべたシャナンを少し不思議そうに見ていたフィンに、なんでもない、と返してから、シャナンは改めてといった感じで言葉を口にした。

「とにかく、私が幼かった以前とは違ってこれからは共に戦うことになる。よろしく頼むぞ、フィン」
「はい。リーフ様のこともよろしくお願いいたします、シャナン様」

 恭しく頭を下げようとする騎士をシャナンは片手で制する。そして彼に向かって言った。

「なに、きっと私達が思っているよりもあいつらは強いぞ」

 むしろ私達が足手まといにならぬように頑張らなければならんな、と冗談っぽく言うと、その真面目な騎士もくすと笑ってそうですね、とつぶやいた。



青の騎士


でもうちのフィンは愛と勇者の槍とで強かったです。足手まといなんてとんでもない。最近はフィーに取られがちですけど愛が衰えたということではございません(効率厨)