――彼はきまぐれな風のような人だ。 十数年も前に初めてその男に会った時から、シャナンはずっとそう思っていた。 天高く、世界中をを駆け巡る風のような自由さと、そのまま何処かへふらりと消えてしまいそうな儚さを併せ持つ、そんな不思議な男だった。 初めて彼と出合ったのはまだシャナンが幼く、そして大きくなってからも傷として抱える悲惨な出来事が起きる前だった。だからシャナンには、彼のことをじっくりと観察する余裕があったのだ。 リーダーであるシグルドが彼を伴って城へ帰って来た時に感じたのは、彼の周りに集う風の流れは他の誰とも違っていて、まるで直接風を纏っているかのようだったということだった。幼かったシャナンは、しかし剣聖オードの血を引いているだけあってそういった気配には敏感で、この男は何者だろうと子供ながらに思っていた。 のらりくらりと全てを面倒だとかわしてしまいそうなのに、感じられる気品はひどく高貴なものに思える。なぜそう感じるのだろうと、その理由がわかったのは、後に彼がシレジアの王子であることが判明した時だった。シャナンと同じく、彼もまた聖戦士の血を引く男だったのだ。 わかった時、あぁなるほどとシャナンは思ってしまった。風の聖戦士セティによって建国されたシレジア王家には、セティの血を引く者が使うことの出来る風の魔法フォルセティが代々伝わっている。だからシャナンは彼もまた、風のような男だと思ったのだろう。 シレジア王国王子レヴィン――それが彼の名前だった。 レヴィンとシャナンはそれほど親しかったわけではない。 シャナンはどちらかと言えば彼の叔母であるアイラの傍にいることが多かったし、もしくはシグルドの妻であるディアドラを自分が守るのだと言って一丁前に戦士のような態度を取っていた。レヴィンとかかわりを持つような機会はなかったし、城内でたまに見かける程度だった。 ただ、認知はされていただろうと思う。シグルドがシャナンのことをレヴィンに紹介した時に、シャナンは言わなくてもいいと言ったのだがこの子はイザーク王国の王子なのだと紹介したので、おそらくレヴィンの記憶には残っているだろう。 それぐらいだ。 そしてあのバーハラの悲劇が起きたとき以降、もう二度と会えないだろうと思っていた。 だからこそ、ティルナノグの隠れ里に彼が現れた時は本当に驚いたものだった。沈着冷静に成長したシャナンが、その表情を歪ませてまで本物か夢じゃないのかと疑ったが、レヴィンの纏う風はあの頃と変わらず優しく穏やかで、彼が本人であることを告げていた。 どこか違和感がある、と僅かに感じたが、それでもそれは年月がなせるわざであろうと、喜びの方が大きかった。あの悲劇から一人でも多くの人間が逃げおおせたのなら、それは喜び以外の何物にも代えがたかったのだ。 それからレヴィンはちょくちょくとセリスの様子を見にティルナノグの隠れ里を訪れた。彼なりにセリスの、ひいては彼の父親のシグルドのことを思っての行動だろう。 自責の念と、それだけではない感情に動かされながらシャナンは共に逃げてきたオイフェ達とセリスを大切に育て上げてきた。そのセリスのことを思う人間がまだ一人でも多くいたことにシャナンは喜びを覚え、今は支配されてしまっているシレジア王国の王と次第に打ち解けていった。 ――だから。 というべきなのか、だけど、というべきなのか。 特別親しかったわけではなかった。親しくなっていったというが、それにしろセリスに関連する話題だけしか共通点はなく、互いについてはそれほど深く関わったつもりはなかった。深く関わろうとするには、二人の間に明るい共通の話題などなかったのである。 それなのに何故今こんなことになっているのか、シャナンには到底理解出来なかった。 「――ッぁ……く、ぅ……!」 「力を抜け、シャナン」 レヴィンの心なしか低めの声がシャナンの耳をかすめた。そのすぐ後に、今度は吐息がかかるほど傍でもう一度同じ事を囁かれる。 耳をくすぐるその言葉にシャナンはびくりと体を震わせ、それから言われるままに力を抜こうと試みた。大きく息を吸って、暫く止めてからゆっくりと吐き出す。何故従順にその言葉に従ってしまうのかと頭の中で反復しながらも、幾度かそれを繰り返すと先程よりは楽になった気がした。 そんなシャナンの態度を上から見下ろしながらレヴィンは満足そうに笑う。 「そうだ……辛いのはお前だ、息を吐け」 「レヴィ、ン……どうして、このような……っひ、ぁ」 言葉をつむぐ途中で体の中に侵入した異物がそこを広げるように動き、シャナンは思わず表情を歪めた。楽になったと思った体にも再び緊張が戻り、中に入っているものを思わず締め付けてしまう。本来何かを受け入れる器官ではないそこは、侵入者を排除しようと体全体の筋肉を強張らせていた。 それでもその異物―――指をレヴィンは抜こうとはしなかった。むしろもっと奥への侵入を望んでいるかのように、シャナンが息を吐き少しだけ緊張がほぐれた時を狙っては指を動かしていた。 それは絶対的な不快感を与えるものだった。しかしそれもいつか快感に変わってしまうのだろうか、と不安と戸惑いを覚えながら、シャナンはこみ上げてくる不快感を大きく息をはくことで逃した。 (――抱かれる、のか……私が、この人に……?) ベッドの上で組み敷かれている現状に改めてそれを思い、そんな馬鹿なと頭を振りたくなった。一体どうしてこうなってしまったのだろう。先ほど彼がシャナンの自室に入ってきた時はそんなこと、微塵も思わなかったというのに。 大体レヴィンがこのような行動に出るなどとどうして考えられただろうか。それがレヴィンでなくてもそうだ、男である自分が抱かれるなどと一体誰が、どうして。 「っ、う……は、ぁ……」 考えている間も行動がやむことはなく、知らず苦痛の吐息がこぼれた。 こんな状況になるまで抵抗しないわけではなかった。出来なかったのだ。 彼に働く何か特別な力か、あるいは体格の差か年齢の差か。もともと素早さや技を主力とするシャナンの力はそれほど強いわけではない。レヴィンとて力があるようには見えないが、様々な戦場を潜り抜けてきただけのことはある。不意に押さえ込まれた時にはすでにシャナンが抵抗できるような状況ではなかった。 途切れ途切れ息をつきながらシャナンは自分を組み敷く男を見上げた。 「何故、私に……こんな……、」 「それを聞くよりもこっちに集中しろ。それともなんだ、余裕があるのか?」 「ぁ、あっ……!」 レヴィンは薄く笑うと、空いていた方の手で苦痛に萎えていたシャナンの中心を握りこんだ。突然与えられた刺激にシャナンの体が小さく跳ね、そのせいで体の奥でうごめく指の感触が再びなんとも表しがたい感覚を生む。 それが苦しくてシャナンは思わず、その原因をつくっている男の名を呼んだ。 「レヴィンっ……!」 「シャナン……何も考えるな。俺に流されていればいい」 「そんなことは……、っ、あ、あ……!」 ――人の気持ちも知らないで、なんて傲慢な。 耳元で囁かれて一瞬怒りをつのらせたシャンだったが、直後ふと思い出したことがあり、はっとした。 それはシャナンが幼い頃から、何度も何度もレヴィンに対して感じてきたことだ。 ――きまぐれな風なのだ、彼は。 この場合で重要なのは、きまぐれ、というところである。 きっと、シャナンを抱くなどという戯れもきまぐれにすぎぬのだろう。こんなことはきまぐれで出来ることなのかはわからないが、現実にやろうとしているのだからできるのだ。何故とか、どうしてとか、そんなことを尋ねてもきっと答えなどは返ってこない。返す気がないのだ、となんとなくそんなことを思った。そうやって、自分を納得させることにした。 そうでなければ、これから起こること諦観して受け入れることが出来ないと判断したのだ。 (……しかし、そうだとしても) これから起こる全てのことを忘れて何もなかったことにすることができるだろうかと、シャナンは忌々しく思いながら、様々な思考を放棄することにした。 きまぐれな風なんて中途半端なシーンだけを抜粋したんだろうか。 2017.2 改訂 |