久遠の夢 室内に入ると、暗闇が広がっていた。 思わず足を止めたスカサハは、窓際の月明かりに照らされた人物の姿を見つけてほっと息を吐く。 「……シャナン様」 確認するように声をかけると、さら、と髪が揺れた。淡い月明かりに照らされた黒曜の髪は、柔らかな光を放っているようだった。 少しして、振り返った人物――シャナンは、ゆっくりとスカサハに微笑んで見せる。 「……あぁ、スカサハ」 「すみません、お邪魔でしたか?」 何か考え事をしていたのかもしれない、と尋ねてみると、シャナンは首を振った。 「ならば入るのを許可したりしない。ただ少し、セリスや他のみんなは元気だろうかと考えていたんだ」 「あぁ……」 戦いが終わりそれぞれの国に帰ってから、早いもので半年が経とうとしていた。最初の頃は国の政に忙しく仕事に追われ他のことを考える余裕などなかったが、少し落ち着いてきた今になってふと彼らのことを思い出したのだろう。 スカサハもその様子を頭に思い浮かべて、ふっと穏やかに笑みを浮かべた。 「ラクチェのやつは、あいつからの手紙でなんとかやっているような事が書かれていましたし、セリス様のことならきっと大丈夫だと思いますよ」 「あぁ、あいつはしっかりしているからな」 嬉しそうに、少し寂しそうにシャナンは口元を歪めた。その複雑な表情に気付き、スカサハは眉尻を下げる。 あれほど近しく、まるで弟のように感じていた存在が急に遠くに行ってしまったかのようで、シャナンがその心の内に空虚を抱えていることには気がついていた。その耐えがたい虚無を埋めるように、イザーク王としての仕事に没頭していたことも知っている。睡眠時間さえ惜しみ、取り憑かれたように机に向かう姿をその隣でもうどれだけの時間見つめてきただろうか。 だがわざわざそれを口には出すことはなかった。寂しいのですね、と慰めを口にしたところで状況が転化することもなく、ただその事実を突き付けるだけだ。 それに、おそらくシャナンもスカサハが気づいていることに気がついているだろう。いくら気落ちしているとはいえ、シャナンの鋭い洞察力まで衰えてしまったわけではない。だから改めてスカサハがその事について確認する必要などなかった。 けれどそうは思っていても、端正な顔立ちを歪めて寂しそうな顔をするシャナンを見るのを、スカサハは好ましく思っていない。出来ることならシャナンには、自分たちを守り導いてくれていた幼少の頃のように、穏やかな瞳で笑っていて欲しかった。そう願うのは、彼を慕うスカサハの我儘であっただろうか。 「……ふっ、このままではセリスに笑われてしまうな」 だから、そう言ってうっすらと笑みを浮かべるシャナンを見て、スカサハはほっとしたのだ。ようやく心の虚無に向き合って、その部分を彼らとの思い出で少しずつ埋めようとしているのか、と嬉しかったのだ。 だがそれも次の言葉を聞くまでの短い間だった。 「あとは……オイフェも、シアルフィでどうしているのか」 「!」 オイフェ、という単語にスカサハの心臓がどきりと跳ねる。聞いてはいけないものを聞いてしまったかのような感覚だった。 ――オイフェ。 その人はスカサハにとって父であり、師であり、尊敬すべき人であり、そして――当時、複雑な思いを抱かずにはいられない相手だった。 なんと声をかけようか迷うスカサハをよそに、シャナンはそれっきり窓から遠くを眺め黙ってしまった。まるでスカサハがそこにいないかのように、遥か遠くの地を眺める視線は揺るがない。 それに芽生えた感情は確かな悔しさだった。あるいは、嫉妬と呼ぶものだったのかもしれない。いずれにせよ、その湧き上がる感情を殺し切れず、ついにスカサハは閉じていた口を開いてしまった。一生問うはずのなかった疑問と共に。 「やっぱり、あの方は特別ですか?」 視線が、スカサハへと向けられた。その瞳には純粋に疑問の色が浮かんでいる。 「特別?」 「オイフェ様とは、その……深い仲、だったのでしょう?」 少し言い淀むように言葉を途切れさせた。一息で聞くことが出来なかった。それは、スカサハの臆病さを表していたのだろう。自分が立ち入るにはあまりに踏み込んだ内容である、と理解しながらも、聞かずにいられなかったのだ。 スカサハの問いに、シャナンは再び視線を逸らし、窓の外へと目をやった。 「……そうだな、特別だった」 静かな声色を聞いて、何か冷たいものが全身を駆け巡った感覚があった。それは絶望にも近いものだったのだろう。わかっていたことなのに、自分から確認して傷付くなど身勝手なことだ、とスカサハは心の内で自嘲する。 「だが、特別なのは別にオイフェだけではない。セリスも、ラクチェも、エーディン様も……お前も、言うなれば全て私にとっては特別な相手だった」 付け足された言葉に、スカサハはかすかに湧き上がった苛立ちで我を取り戻した。 それはスカサハの望む答えではなかった。取り繕うような言葉は、まるでスカサハを丸め込もうとしているかのようで、思わずかっとなって声を荒げてしまう。 「そういうことではなくて……!」 そんなスカサハを、途中でシャナンが片手を上げて制した。 「わかっている。私が――、……オイフェに、抱かれていた事だろう」 「っ、」 改めて言葉として聞いて、スカサハはまた胸に痛みが走る音を聞いた。照れるでも隠すでもなく淡々と語られた言葉によって、それが真実であるのだと思い知らされる。 スカサハの反応を見たシャナンはほんの僅かに眉根を寄せたが、すぐにいつも通りの表情に戻ると、ゆるく首を振った。 「だがお前の考える関係とは違う。オイフェとの行為はただの傷の舐め合いのようなもので、そこに特別な感情があったわけではない。お互いセリスのこと以外考えられず、下手に女性に手を出す事も出来ずに、だから……手近なところで済ませていたんだ」 間違っても後世に血を残さずに済む処理の一種だ、とまるで当然であるかのようにシャナンは言った。腑には落ちないが、並べた理由はスカサハも理解出来るものだった。 だが、そんなことを言いながら、ひどく寂しそうな顔を浮かべているのがスカサハには苦しかった。確かに最初はそうだったのかもしれない。しかしここまで続けていたら情だって沸くものだ。お互いにこれはただの慰め合いだと自分に言い聞かせあっていたのだとしたら、意味合いは違えどそれは両想いと違いない。 その相手を失ったシャナンは、ひどく脆い存在のように見えた。そんな事を思うのは相手を力なき存在であるとして侮辱しているようなものだったが、最近、シャナンの口数が減った事に気付いていたスカサハにしてみれば、オイフェの存在がどれほどのものであったのかと強く実感させられるのだ。 「……俺じゃダメですか?」 「ん?」 「俺じゃ、貴方の支えにはなれませんか?」 「今でも十分に支えてくれているが?」 「っ……そうでは、なくて……」 心に浮かんだ激情を勢いのまま口に乗せかけて、スカサハは一度口をつぐむ。この想いを口にしてしまえば、これまでの関係性にどこかに齟齬が生じるようになるだろう。今までそれを恐れてずっと秘めてきた思いだった。 けれど今、不安定に揺れているシャナンの姿を見て、スカサハの中で眠らせていた思いが覚醒しようとしている。 (オイフェ様の代わりなんて出来るはずもない、けど) いや、代わりになろうなどとおこがましい。そんな事が無理なのはわかっている。ただ少しだけでも、シャナンの気持ちが楽になればと思ったのだ。ほんの僅かでも心の隙間を埋めてあげたいと思ってしまったのだ。それは、遥か遠方にいる誰でもなく、唯一共に帰還したスカサハにしか出来ないことだ。 「俺は、貴方のそんな顔を見たくないんです。そんな……悲しそうな顔を」 「スカサハ……」 「だから……俺に出来ることが、あれば」 「……そうか」 その時シャナンがどんな顔をしていたのか、視線を伏せていたスカサハにはわからなかった。ただ先ほどまでよりも覇気のないつぶやきに、スカサハは自分の言ったことがあまりに不遜であったかもしれない、とすっと血の気が引いた。 (あぁ、やっぱり……俺なんかが差し出がましいことを……) 他の皆よりも彼の人に近しいという自惚れはあった。同じ剣聖オードの血を引いているというその一点で、少なくとも途中から解放軍に参加した者達よりはシャナンの側にいてもいいのだと思い込んでいた。実際、シャナンも他の誰よりもスカサハやラクチェを可愛がってくれていた。 だが、今回のことはそれとは別なのだ。彼の内面的なことにまで口を挟んでいい立場ではなかった。スカサハが傍にいるだけではシャナンは心の内の空洞を消せないという事は、今この時点ですでに実証されているのだ。 静かな、とても静かな闇が二人の距離をたゆたっている。その闇に囚われたように、スカサハは身動き一つ取ることが出来なかった。シャナンもまた外を眺めたまま動こうとせず、その間何秒であっただろうか、やがてゆっくりと振り返って口を開く。 「……ならば、お前も私を抱いてくれるのか」 「…………えっ」 「色々と……忘れさせて欲しい」 「それっ、て」 思いもかけぬ言葉に、スカサハは一瞬頭が真っ白になった。ただそれは、言っている意味がわからないからということではない。この話の流れで違う意味を想像するほどスカサハも子供ではない。 だが、ひょっとして己の願望が見せた幻ではないか、という不安があった。そして、自分などがそんなことをしてもいいのだろうか、と瞬時に体中を駆け巡った期待が裏切られるのが怖くて、思わず聞き返してしまった。 そんな問いかけに帰ってきた言葉は、ただ一言だ。 「スカサハ」 ――誘われている。 細められた瞳にどこかぞくりとしたものを覚えながらも、ふらりと体が傾く感覚があった。気がつけば、スカサハはシャナンに詰め寄りその体を自分の腕の中に抱きかかえていた。 昔は自分よりも大きかった体が、今は随分と小さなもののように見える。スカサハがシャナンの背を追い抜いたのは一体いつだっただろうか、不意にそんなことを思った。 「シャナン様……俺なんかが本当に、」 「お前に出来ないことならば無理強いはしない」 「っ、出来ます!いえ、……させて、ください」 「ならば良かった」 目を閉じ微笑んで、シャナンの指がスカサハの背中をつうとなぞった。くすぐったくてびくりと体を揺らすと、耳元でくつくつと楽しげに笑う声がする。それを誤魔化すかのように、スカサハは抱え込んだままのシャナンの首元に顔を埋め、すん、と鼻を鳴らした。 (あぁ、シャナン様の匂いだ) 自覚した途端、下腹部に熱の集まるのを感じた。 彼の人の代わりだろうが、これっきりだろうが構わなかった。顔を上げたスカサハはシャナンの顔を正面から見返し、その瞳に映る自分の姿を確認して、するりと頬を撫でた。うっそりと細められる瞳がやけに色っぽくて、そのまま口付けてしまいたい衝動に駆られる。 (でも、駄目だ) そこは誓う場所だ。お互いの気持ちを約束する神聖な領域だ、と幼い頃に目にした物語の影響で、スカサハはずっとそう思い込んでいる。そんなことを言っているから幼いのだと言われても、価値観は簡単には変えられない。仮初めの関係でそこに触れるわけにはいかない、とそれはある種の戒めだった。 「とりあえず、ベッドへ……」 「あぁ……そうだな」 つぶやいて、す、とシャナンの腕が伸ばされる。なんだろうと少し戸惑ったが、シャナンの瞳がまっすぐにスカサハに向いているのを見て、それが自分に向かって伸ばされているのだと理解した。同時にかっと体が熱くなり、スカサハはその手を強く引くと真っ直ぐに寝台へ向かい、そのままもつれるようにシャナンを押し倒す。 「シャナン様っ……!」 「好きにしていい」 なすがまま、しかし伸ばした手でスカサハの頬を撫でてくるシャナンは少しも臆した様子がなかった。自分から誘ったのだから当然なのかもしれないが、どこか子どもとして扱われているようでむっとして、スカサハはシャナンの首元に口を寄せて軽く歯を立てる。柔らかな肉を歯が押さえつけると、息をのむ音が聞こえた。 「っ、……なんだ、噛むのが好きなのか?」 「いえ、好きというか……」 「なんなら痛くしてくれても構わないが」 「……ちょっと、静かにしててください」 「あぁ、悪い」 煽るような言葉を、言葉で制した。 本来なら、シャナンの好きなように――この場合、望まれるのなら痛くしてあげる方が彼のためなのかもしれない。彼のためにできることを、と言った手前それが正しいのだろう。 だが若干自暴自棄なようにも映る彼を見るのも本意ではなく、とりあえずそんな軽口の叩ける余裕をどうにか崩そうとスカサハは行動を開始する。歯を立てたところを舌でなぞり、そのまま鎖骨へとくだる。浮き出た骨の形を舌先で確認するように舐めながら、その間にも手は服の上から胸のあたりをまさぐり、軽く引っかかりのある場所を指先でぐっと押した。 「ぁ……」 吐息のような声がシャナンの口から漏れる。これまでに聞いたことのない掠れた声に、それだけで頭が沸騰しそうだった。 片手は服の上から刺激を与えたまま、もう片方の手で腰のラインを撫で、服の隙間から手を中に差し入れる。そのまま裾を上げ、ぷっくりと現れた突起に直に触れると、シャナンの足がぴくりと揺れた。もっと反応して欲しくて今度は舌で舐めると、所在なさげに投げ出されていた手がきゅっと握られる。 「っ、ぁ……スカサ、ハ……」 「ここ……気持ちいい、ですか?」 「あ、ぁっ……」 尋ね、返事を聞く前に舌先で粒を転がすように何度も舐め、口に含んで軽く吸い上げる。シャナンの口からこぼれる短い声がじんじんと脳内を痺れさせた。ふと、思い出したように歯を立てると、びくっと一際大きく体が揺れる。 「っは、……っぁ」 普段であれば、それがどういった行為であれ、シャナンを傷つけるようなことを許すスカサハではない。シャナンを傷つける相手をタダで返してなるものかと目を光らせ守り続けている。 けれど今は違う。その行為が相手の快楽を引き出すとわかってなお、壊れ物を扱うようになど出来なかった。それどころかひどく傷つけたいという凶悪な衝動さえ湧き上がってくる。だが、それはなんとか抑えることが出来た。 舌の動きは止めぬまま、突起を弄んでいた指を脇腹へと滑らせ、腰のあたりを何度か撫でる。時折指にひっかかる傷は戦場でついたものだろう。その場にスカサハがいたならばきっとこの身に代えても守っただろうに、と思いながら、更に下方へと手を動かし、辿り着いた先で布越しにシャナンの性器に触れた。 「っ……!」 「触ります、よ」 もうすでに触っているだろう、という心の声は聞こえなかったことにした。そんな事に構っている余裕などなく、ただ、もっとシャナンに触れたかった。 シャナンのものをゆっくりと擦ると、組み敷いた身体が身じろぎした。その際に彼の足がスカサハの体を掠めた感触さえ心地よく、浴場でしか見るはずのなかったシャナンの秘部に今自分が触れていることと、それがわずかに芯を持ち熱くなってきている事がスカサハを安堵させる。 (良かった、とりあえずは……無反応じゃない) それを確認して、この先の行為を進める意思が明確になった。 もしもシャナンがスカサハの善意を蔑ろに出来ず、同情や処理として抱かれようとしているのであれば、それはそれで仕方ないとも思っていた。それぐらい、想像もしていない返事だったのだ。だがだとしても、いや、だからこそ、せめて快感ぐらいは与えてあげられなければ、自分から申し出たスカサハがあまりに不甲斐ない事になってしまう。 「っ、……ん、」 ちゅ、と音を立てて胸の飾りに吸い付き軽く噛むたびに、身体が揺れ、手の中の性器がスカサハの手に押し付けられるように動いた。それに合わせ手で包み揉むように擦ると、今度は胸がぴくりと揺れる。 「ぁ、……スカサ、ハ……」 短い喘ぎの間にくしゃりと頭を掴まれて、胸を責めていた顔を上げると、こちらを見下ろすシャナンと視線が合った。スカサハを見つめるのは、暗い中にもどろりとした熱を宿した瞳だった。それに心臓を高鳴らせながら、平静を装って尋ねる。 「なんですか……?」 「……直接、触れて欲しい……」 「っ……!!」 乞うような甘い声の響きがスカサハの脳を激しく揺さぶり、熱がぐっと上がった。 この人は閨ではこんなことを言うのか。普段の凜とした態度からは想像もできない、眉尻を下げて泣きそうな瞳で乞うてくるのか。それもひどく大胆に。そして――それをあの人に見せていたのか。 一瞬で脳裏を駆け巡った諸々の感情の中に仄暗いものがあったものの、請われて断る理由などなかった。いや、その甘美な誘惑を断れるはずもない。スカサハは慌ただしく裾の隙間を割ると強引に手を差し入れ、シャナンの性器を下着の中から取り出した。そして、熱を持つそれに直に触れて、ゆるゆると上下に扱き始める。 「ぁ――、んっ……!」 待っていた快感に、シャナンの喉が軽く反った。その白い肉に噛みつきたいという欲望もわいたが、今は性器への奉仕が優先だった。 手の肉を使って幹を擦り、時折指先で先端の部分を円を描くようにぐるりと刺激すると、声にならない艶めいた吐息が零れた。掠れたその音はスカサハの動きをさらに大胆にしていく。 (……すごい、やらしい) 手の中の熱を眺めながら、スカサハはごくりと喉を鳴らす。 自分と同じものがついているだけなのに、ひどく淫猥に見えるのだから不思議である。あるいは、スカサハの目や頭がおかしいのかもしれないが、それならそれで構わなかった。 初めて触れた他人の性器は、それが彼のものであるからか不思議と嫌悪感はない。触るたびにシャナンが悩ましげに声を発するため、むしろもっと強い快感を与えるために舐めてやりたいとさえ思うほどだった。 (そんなことをいきなりしたら……驚かれるだろうか) スカサハならおそらく、驚く。驚くが、相手がシャナンであればきっと嫌ではないだろう。むしろその光景を想像するだけで下腹部がさらに熱を増したように感じられた。シャナンもそう思ってくれるだろうか、と都合の良い事を考えながら、気持ち良さそうな声を上げる場所を探して手を動かしていた。 やがて粘着質な音が響くようになってきて、シャナンが吐く息も段々と間隔が短く、荒くなってくる。耳をなぞるような掠れた空気の流れがスカサハの熱をより一層煽った。 「ぁ、あ……、んっ……」 「……シャナン様、一度イきますか?」 「っ、あ、あ、ぁっ……!」 問いかけておいて返事を聞く前に、スカサハは手の動きを加速させる。シャナンは一瞬戸惑ったようだったが、スカサハの動きを止めるでもなく、声と体を震わせて白濁の液を吐き出した。それを手のひらで受け止めて、スカサハは枕元の脇に設えられた棚の上にあった紙で拭き取った。 「っ……は、ぁ……」 荒く息を吐くシャナンを眺めながら、スカサハも繰り返し熱のこもった息を吐き出していた。自分が触れられたわけでもないのに、体が熱くて仕方なかった。相手の痴態を見ているだけでこれなのだから、実際に彼の熱に包まれたらどれほど気持ちが良いのだろう。 考えていると、薄く開かれたシャナンの瞳がスカサハを見上げた。わずかに浮かんだ涙が瞳の輪郭を歪ませ、それがたまらなく扇情的だった。知らず、口内に溜まった唾液を嚥下する。 「続き……を、してもいいですか」 「……好きにしろと、言っただろう」 熱い息を吐きながら、許すように、慈しむように頭を撫でられ、スカサハは少し複雑な気分になった。きっとオイフェを相手にしている時はこんな様子ではなかったのだろう、とそんな事を考えてしまったのだ。 オイフェの頭を撫でるシャナンなど想像も出来なかった。それと比べて、スカサハを子供扱いしているようで少しむっとしたが、本当に子供相手であればこんな事を許しもしないだろう、と考え直す。 (そうだ、子供でもいいなら、オイフェ様じゃなくて俺でも良かったはずなんだから) この行為を許されているという事は、つまり大人として扱ってもらえているのだ。それで十分のはずなのに、それでも、シャナンが慰めを必要とした時に自分が大人だったらよかったのに、と考えてしまった。意味のない事だと知りながら、過去を羨むのを止める事が出来なかった。 「……どうした、やはり気が乗らないか。まぁ、それなら」 「っ、いえ!そんなことはありません!ただ、まだ少し……夢を、見ているようで」 そうか、とだけ気怠げにつぶやくシャナンに、スカサハは思考を停止させて再び行為に集中した。むしろこちらの方こそ、シャナンの気が変わってしまわれると困るのだ。 男同士のやり方はなんとなくわかっている。ありえもしないのに、昔その方法を調べていたからだ。思えばその頃から、スカサハの欲の対象は彼が相手だったのだろう。もちろん、それは叶うはずなどないと諦めていた。尊敬と劣情とを抱えながら、それでもいいと生きてきたのだ。 そう思うと、改めて目の前の光景は夢なのではないかと思えてしまう。今この瞬間目が覚めて、夢でした、と言われても、やはりか、で終わらせてしまう可能性すらあった。 (でも、もしこれが夢だったとしても、今目の前に広がっている光景は現実だ) 唐突に、その恐れ多さにぞっとした。 ひた隠しにしていた思いを告げてしまったのはスカサハで、それに答えるように誘ったのは相手だ。そしてそれをお互いに受け入れた。だがそれが本当に正しかったのか、急に恐怖が頭を過ぎったのだ。考えたこともなかった突然の提案に対し、何かもっと、理由を聞くべきだったのかもしれない。 (いや……でも、これで) これで良かったのだ、と今は言い聞かせるしかない。もし正しくなかったとしても、この内に宿す熱を持て余したまま今更引くことなど出来なかった。 「は……入りました、よ」 「っ……ぅ、はっ……」 散々指と体液とで慣らした後にゆっくりと入り込んだ内部は、スカサハの知るどの熱よりも熱く、スカサハ自身を締め付けてきた。それだけで達してしまいそうになるのを堪えて、辛そうにしているシャナンの息が整うのを待つ。その間にも惜しげなく眼前にさらけ出される背中に口づけを落とし、乱れてなお指に絡まない深い黒の髪の毛を梳いた。 やがて長い吐息の音が聞こえた後、少しだけ振り返った髪の合間から、紫紺の瞳が覗く。淡い月の光を映した瞳が細められ、いいぞ、と空気の振動がスカサハの耳に届いた。 「……動きます」 「っ……ん、」 まずは少し、引いて、押し入れる。押されるように、高く突き上げられたシャナンの腰が動いた。もう一度同じように動いたが、追いすがるように絡み付く内壁に、スカサハはたまらず息を止めた。そうやってなるべく感情を抑えるようにしなければ、本能の求めるままにがっついてしまいそうだった。中とスカサハ自身とを馴染ませるように、浅い抽出を繰り返す。 「は……ぁ、……ん、っ……」 小さくこぼれる声には、まだ苦痛の色が見て取れる。それが心苦しくて、スカサハは力を失いつつあったシャナンの性器に左手を添え、抽出のリズムに合わせてゆるゆると扱いた。先ほどまでの先走りが滑りを良くしており、手の動きと共に水気のある音が上がる。 「は、ぁっ、あ……っ、」 シャナンもまたスカサハの動きに合わせるように、息のような喘ぎのような声をあげていた。それだけでもスカサハの興奮は否応なしに上がっていく。早く、早く、好き勝手に蹂躙してしまいたい、とじわじわと心を蝕む欲望を、何度も深く呼吸することで必死に散らしていた。 体が熱い。手で触れているシャナンの体もしっかりと熱を持っている。ただ少しスカサハの熱の方が高く、同じだけ熱くなれれば境目も分からないほど溶け合えるのかもしれない、と意識を別の方向へ飛ばしていた。 しばらく緩やかに腰を動かしていると、不意にシャナンがゆっくりと振り返った。そして、じっとりと熱のこもった瞳でスカサハの事を見上げて、スカサハ、と掠れた声で名を呼んだ。その呼ばれる声の熱にぞくりとしたものを感じ、最大限の理性を動員しようとしたが、その努力も次の言葉で完全に霧散した。 「もう――いいから、もっ、と」 そうねだるように言われた時に理解できたのは、かっと目の前が赤くなったことと、欲望がマグマのように煮えたぎる音だけだった。 「っ……!!!」 言葉に従うように、スカサハは相手の体を気遣うような緩やかな動きから、己の快楽を追うための激しい抽出へと動きを変えた。両手でシャナンの腰をぐっと掴み、引き寄せるように、ぶつけるようにして、強く奥を穿つ。 「っ、あ!あ、あっ、っ……!」 「シャナン様っ……!」 「あ、ぁっ――!!」 肌同士がぶつかり合う音と、不規則な喘ぎ声が室内に響く。 勢いに任せて、ぐり、と内壁を擦りあげると、シャナンの体が跳ね、口から嬌声が上がった。そういう場所があるのだ、と聞きかじった程度の知識で、先程中を解している時に見つけた場所であるが、本当に気持ちが良いものなのか、経験のないスカサハにはわからない。おそらく一生経験することはないだろう――目の前のこの男に頼まれない限り。頼まれれば許してしまうかもしれない、と遠くに追いやられた理性でぼんやりと思うほどには、スカサハはシャナンに全てを捧げる覚悟があった。 (あぁ、でも、出来れば……このままでいたい) 身勝手にもそう思う。己の下に組み敷かれ、喘ぎ、身を震わせるこの光景は、まさに夢にまで見た光景だった。そしてあまりに卑猥で、艶めかしくて、淫らだった。 「っ、シャナン様……シャナン様……!」 「あ、スカサ、は……やっ、あ、あっ!」 ぎりぎりまで引き抜き、一気に挿入する。繰り返すその動きと同時に上がる声が、スカサハの動きを加速させていく。まるで泣いているかのような声だ、と考えながらそれに興奮する自分がいるのは事実だった。 「あっ、あ、んっ……あ――!」 貪るように腰を打ち付けていると、内壁が痙攣したように震えた。あぁ達しそうなのか、と理解して、シャナンの性器を握りぐちぐちと音を立てて上下に扱く。スカサハも限界が近かった。 「シャナン様……ぁ、も、イきます……!」 「や、ぁ、あっ、っ……あ、ぁ……――っ!」 「っ、く……ぁ、」 ひと際大きな声を上げてシャナンの身体が跳ねたのと同時に、スカサハの手を生暖かいものが濡らした。スカサハもまた、強く締め付けられる感覚に快感が背筋を駆け上がり、視界が白くなる。その寸前、性器をずるりと中から引きだして、そのまま体を震わせシーツの上に白濁を吐き出した。 (……中に、出してしまうところだった) 本能の獣となっていたはずなのに、理性が奇跡的に残っていた事に驚きを禁じ得なかった。ぼた、ぼたと布地を汚す性の残骸を眺めながら、シャナンの精液がついた手で絞り出すように自分のものを擦った。 「っ…はぁ、……は、」 しばらく二人の荒い息が室内を満たしていた。行為の余韻が満足感となって、じわじわとスカサハの脳内の隅まで満ちていく。このままシャナンの身体を抱きしめて眠ってしまいたい――そんな欲求が頭の中を巡っていた。だが行動に移せなかったのは、相手の出方をうかがっていたからでもある。 先に声を出したのは、うつ伏せのままぐったりと上半身をベッドに沈めたシャナンだった。億劫そうに流れる髪をかき上げて、は、と息を吐く。その仕草すらスカサハの目には煽動的だった。 「……スカサハ」 「……ぁ、はい……」 「中に……」 「あっ、大丈夫です、ちゃんと外に出しましたから……!」 「ん……?あぁ、いや、別に中に出してくれても、構わなかった……が、まぁ、今更だったな……」 ゆっくりと身体を弛緩させながらシャナンが発した言葉に、スカサハは驚きとも興奮ともいえぬ感情で言葉を失っていた。女性とは違う意味で中に残すのは厭われると思っていたため、そんな簡単に許可されるとも思っておらず、疲れに憂いを帯びたような彼の横顔を見つめることしか出来なかった。だがそれに対するシャナンからの続きの言葉はなく、体を伏せた状態のままぽつりと言葉をこぼす。 「……久しぶりに疲れた」 「あっ、あの……す、すみません!俺、加減がわからなくて……!」 「いや、いい」 散々好き勝手にしておいて急に慌て出すスカサハに呆れたように笑ったシャナンは、ゆっくりと身体を起こしてスカサハの方へと顔を寄せた。そして、昔よりも背の伸びた頭に手をやって、昔のように優しく撫でる。 「……突然、変なことを言ってすまなかったな」 「そんな、むしろ俺こそ、その……」 「誘ったのは私だ」 だから気にする事ではない、と微笑むシャナンの表情からはこの部屋に入った時の暗い影が抜けていた。代わりに疲労が色濃く浮き出ている。 シャナンはしばらくそのままぼんやりと膝を立てて座っていたが、やがてごろりと横になると目を閉じてしまった。 「シャナン様、処理は……」 「疲れたから明日の朝でいい……このまま寝させてくれ。嫌でなければお前も寝ていってもいいぞ」 そうは言われても、さすがに自分の吐き出した物をそのままにシャナンに寝させるわけにはいかなかった。しなくていい、と言われたとしても、そこは妥協出来ない部分だ。 とりあえずシーツについた二人分の体液をタオルでぬぐい、少しだけ綺麗にしてから、さてどうしようかとすでに眠りかけているシャナンの姿を眺める。首元についた噛み跡やうっすらとかいた額の汗が目に入り、あぁ、と音をなさない息がもれた。 (本当にこの人を……抱いたんだ) 終わってからようやくその実感がわいた。それは感動とも驚愕ともわからない複雑な心境だった。夢でも見ているかのようなふわふわとした心地さえする。 その浮ついた気分のまま、一緒に眠っていいとの言葉に喜んで従いたい気持ちもあったが、スカサハは実際に行動には移せなかった。それではまるで恋人同士のようだと錯覚してしまうことを恐れたのだ。 (昔は一緒に寝てもらう事もあったけど……) これは代わりだ、慰めだと始めたものが、そういう関係になることはないのだ。そんな事をしなくても、ただシャナンが静かに眠る姿を見られるだけで十分だった。きっとその安らかな眠りこそが、心の隙間を埋めてあげられたという証なのだろう、と思っている。 (シャナン様が眠られたら、部屋へ帰ろう) それまで一緒にいる事ぐらいは許されるだろう。あとで思い返しても、その程度であれば自分を許すことができるだろう。 そう考えて、スカサハはシャナンの規則正しい寝息が聞こえてくるまでその寝顔をずっと眺めていた。 2>> |