熱に疼く


 ――暗闇を一筋、炎の矢が飛んだ。それが合図だった。

 頼るものは己の感覚のみの漆黒の闇の中、作戦は粛々と行われた。
 闇夜を切り裂く炎の矢が放たれたと同時に、潜んでいた兵達が一斉に敵軍の天幕へと攻め入った。全兵少しの遅れもなく、見事なまでの奇襲だ。
 自分達の位置が悟られているなどと思っていなかった敵兵たちはその奇襲に慌て慄き、ろくな抵抗も出来ぬままに次々と討ち取られていく。あるいは敵の存在に気が付いていたとしても、同じように奇襲を目的とした少人数であったので、もとより太刀打ちできなかったのかもしれない。

 そんな兵たちをわずかに哀れにも思いながら、奇襲の先頭に立ち敵の天幕へと入り込んでいたスカサハは敵を斬り捨てた。剣を構える者と斬り結び、寝ぼけ眼の兵を非情に斬り倒し、闇夜に赤い華を咲かせていく。それが今回スカサハに与えられた役目だった。

 ――何人、敵を斬った時だっただろうか。
 やがて、闇の中から歓声が上がる。伏兵隊の隊長の首を誰かが取ったと、走る風のように一気に情報が広がり、スカサハは構えていた銀の剣をざくりと地面に突き立てた。そして剣の柄に手をかけたまま、終わったか、と夜空を見上げる。

「……は、」

 思わず漏らした吐息は、熱い。じわじわとせり上がってくる感覚に、柄にかけた手に知らず力がこもる。

 そうして、敵伏兵隊への奇襲は存外呆気なく、成功に終わった。



 その日の内に居城としている城へと戻ったスカサハは、ふらふらと廊下を歩いていた。少し背を丸めて歩きながら、何かをこらえるようにぎゅっと自分の拳を握りしめ、体の中に渦巻く逃すことの出来ない感情を持て余している。
 いつもは人懐こく優しい瞳も影を帯び、どこか焦点が合っていない。それでも、明確な意思を持ってスカサハは目的の場所まで一歩ずつ歩みを進めていた。
 はぁ、と息を吐く。掠れている、と自分でもわかった。

(……あつい)

 それから、辛くて、苦しい。頭が沸騰しそうだ。
 最近、戦の後―――正確には人を殺した後は大体こうだった。生死をかけた戦いで生存本能が刺激されるのか、どうしようもない疼きに襲われる。それは押さえようにも押さえがたく、耐えようにも耐え難い感情の奔流であり、拳を握り逃がそうとしたところで消えるものではない。血が、感情が、スカサハの意志とは別の部分で高ぶっていた。

「……は、ぁ……」

 頭がくらくらする。今日は特別ひどい気がした。

 なんとかこの熱を発散させなければ、と考えたスカサハがほとんど無意識の内に訪れたのは、同じ聖戦士の血を分かつ彼の王の部屋だった。熱に浮かされたようにふわふわと、それでもやけに心ははっきりとした状態で、冷静に見つめている自分がことを知ったまま、足を止めることも出来なかった。

(……シャナン、様)

 彼の名を心の内でつぶやき、脳裏に姿を思い起こすだけで、ぐっとこみ上げてくるものがある。その劣情を申し訳なく思う気持ちはあるが、それ以上に飢えて苦しくてたまらない気持ちになり、結局すぐに消えてしまう。どうせ、抑える事など出来ないのだ。

 こんな時でも形だけは礼儀を重んじて、彼の部屋の扉を二度ほどノックをした。だが返事はなかった。シャナンは今回の奇襲作戦の要員には選抜されていなかったので、部屋にいないのだとしたら出かけているのだろうか。あるいは剣の鍛錬かもしれない。立場上、それほど暇な人間でもない。
 少し考えたスカサハは、しかし持て余す熱を他にどうすることも出来ずに、無言で室内へと滑り込んだ。解放軍とはいえいずれ国の王になる男の部屋に無断で入り込むのはあまりに不躾だ、と普段のスカサハなら己の行動を戒めていただろうが、今はそんなことも考えられなかった。

 シャナンの部屋は小奇麗に整頓されている。それは、召使いが整理する以上にである。すぐにまた新たな城へ移るのだからしばらく辛抱していればいいのだが、どうやら気がつくと勝手に整理を始めている、とシャナンが以前に言っていたのを思い出して納得した。元々、剣さえあれば他に余分なものなど必要ないといった性格の持ち主だ。

(……わずかだけど、シャナン様の匂いがする)

 くん、と鼻を鳴らして空気を吸い込んだ。もうそれだけで体の芯から熱くなるようで、ぎゅ、と拳を握りしめる。香りなど嗅ぐのではなかった、と少し後悔した。堪えられなくなってしまう。

(あぁ、早く、)

 ――早く、この熱をどうにかしてしてほしい。

 じわり、期待に熱が溜まっていく。
 己の中の飢えた獣が、早く最上のものを寄越せと唸り声を上げるのが聞こえた。



 しばらく入口から二、三歩のあたりで立ち止まっていると、廊下の向こうから足音が近づいてくるのがわかった。聞きなれたその音と気配はスカサハが待ち望んでいた人のものだ。それを証明するかのようにスカサハの背後のドアがギィと開かれる。

「――やはりお前か……随分と獰猛な気配が漏れているぞ」
「シャナン様……」

 もう少し隠すことをしたらどうだ、と言って苦笑気味に部屋に入ってきたのは、長い髪をふわりと舞わせたシャナンだった。途端に獣のように赤々と光っているかのようなスカサハの凶暴な瞳がそちらへ向けられたが、シャナンはあまり気にした様子はなかった。これは相手がスカサハだからだろう。
 なにやら猛々しい感情に包まれているスカサハの姿を視界に入れつつ、あぁそうだ、とシャナンはいつもの態度で口を開こうとする。

「聞いたぞスカサハ、奇襲は上手く……、っ!」

 最後まで終わらぬうちに、距離を一気に詰めたスカサハはシャナンの両肩をつかみ壁にぬいつけて、噛み付くようにその唇を奪った。
 ただ単に賞賛の言葉など聞きたくはなかった。今のスカサハが必要としている言葉はそんなことではない。この心のざわめきを落ち着かせてくれる何かが必要だった。そしてそれは、この行為の先にあるものだ、とスカサハは本能的に理解している。
 言葉をつむぎかけていた口への侵入は容易く、がっつくようにシャナンの口腔内を舌で犯していった。突然のことに頭の回転がついていかなかったのかシャナンは初めは戸惑ったようにしていたが、目の前にあるスカサハの瞳の奥に見えた情欲の色に気づくとやがてスカサハの感情を察して、肩に手を置き距離を取ろうとした。

「ん……、スカサ、待てっ……!」

 ――待てない。もう待った。
 奇襲が終わってから、この部屋に来てから、ずっと待ったのだ。
 いつもならシャナンの言うことは絶対だが、今ばかりは聞けそうになかった。奥に逃げようとするシャナンの舌を追いかけ、音を立てて絡ませる。ぬるぬると舌の表面を擦る感触にぞくぞくして、シャナンの後頭部に手を差し入れ引き寄せながら貪った。

 ばん、と背中に衝撃が走ったのはその時だった。
 はっとして、そこでようやく動きを止めると、その隙に身体を押し返される。

「はっ……待て、と……言っているだろう、」

 ぐいと唇の端を流れる唾液を拭いながら、シャナンは息を乱してスカサハに抗議の視線を送っている。どうやら彼に背中を叩かれたらしいと知り、スカサハの中に生まれたのは申し訳ないという思いではなく、僅かに凶暴な思いだった。

「……シャナン様」

 ぎらり、と瞳に宿った光は、情欲に濡れていた。早く、もっと彼のことが欲しいのに止められて、少し不機嫌だ。完全に自分本位の思考に塗り潰されてしまっているが、それを咎めるような理性などほとんど残っていなかった。
 そんなスカサハを見ながら、シャナンは諭すように言う。

「スカサハ……そんなに急がずとも私は逃げないから、せめて寝台で、」
「じゃあ、すぐに」

 言うが早いか、スカサハはシャナンの手をぐいと掴むと寝台の方へと引きずるように歩き出した。シャナンはその強引さに少し驚いたようだったが、言葉通り逃げるつもりはないらしく、大人しくスカサハに手を引かれている。おそらく言いたいことは色々あったのだろうが、諦めた、というのが一番近いように思えた。だが、それなら好都合だ。
 どさりとシャナンの身体を寝台に横たえると、スカサハもその上に馬乗りに乗り上げた。あのシャナンを――尊敬し敬愛するイザークの王子を組み敷いている、という征服欲に腰のあたりがぞわりと疼く。少し困ったように見上げてくるのがまたたまらない。
 最後に、少しだけ残った理性で問いかける。

「これでいい、ですか」
「ここまで強引に進めておいてそれか……駄目だと言えばそのまま食い殺されそうだな。いいぞ、好きにしろ」
「っ、……!」

 余裕ぶった口調で、しかし全てを受け入れるかのような穏やかな瞳で見られてはもう駄目だった。拒まれていないとわかった事で、最後の最後でスカサハを止めていた感情が崩壊し、残ったのはただ貪欲にシャナンを求める本能だけだった。

「シャナン様……!!」
「っ、ん……」

 唇を重ね、躊躇なく口内へ舌を滑り込ませる。先ほどと違い、今度はシャナンの方からも舌を伸ばしてきた。スカサハが戦後に毎回こうなることを彼も知っており、それを受け止めるのもまた毎回シャナンの役目だった。
 ――そう、これは毎度の事なのだ。
 無理矢理ではなく同意の上だ。そうでなければ、いくら理性を失いかけているとはいえ、スカサハがシャナンに対しこんな――我に返ったら申し訳なさで自ら命を絶ってしまいかねない暴挙に出るわけがない。
 積極的に近付いてくる舌を掬い、絡めて、吸い上げると、眼下のシャナンの身体が震えたのがわかった。口を離すと、今度は首筋に顔をうずめ、鎖骨から上に向かって舐め上げた。

「っ、ふ……」

 鼻から抜けるような声がたまらなくスカサハを高揚させる。は、と荒く息を吐き、服の裾から手を差し入れて素肌を撫でる。女性のような柔らかな質ではないが、鍛えられた弾力のある筋肉は触り心地がよく、そうでなくとも触っているのがシャナンというだけでスカサハには興奮するだけの理由になっていた。

「シャナン、様……」
「なん、だ?」
「声、聞かせてください……」
「っ、あ、……んっ……」

 くり、と胸の突起を押しつぶすと、シャナンの口から吐息がもれた。耳をくすぐるその音にぐっと熱がたまり、もっと聞きたくて、幾度か突起を指先で弄る。首元や耳を舌で舐めながら、指の腹で撫でたり、二本の指で摘んで擦り合わせたり、意地悪く引っ張ってみるたびにもどかしそうにシャナンの体がもぞりと揺れた。服が邪魔だ、と煩わしく思うが、かといって服を脱がせる手間すら惜しかった。
 続けていると、不意にシーツに投げ出されていたシャナンの手がゆらゆらと宙をさまよい始めた。どうしたのか、と顔を上げると、薄く開いたシャナンの瞳と視線があった。

「……スカサハ」
「え、あっ……」

 ゆらり、と伸びてきたシャナンの手が、すでに硬度を増しているスカサハの性器に布越しに触れた。与えられた刺激に思わず声を漏らすと、シャナンはふっと目を細めた。

「まず一度、抜いてやる」

 提案に、一瞬逡巡した。この興奮を保ったまま突き入れて、彼の中で果ててしまいたい気持ちがある。それが一番快楽が大きいだろうと理解しているのだ。
 だが艶かしく誘われて、それに抗うことも出来なかった。大体、一国の王子に奉仕させるなど一体他に誰がそんな不遜で贅沢なことを経験出来るだろうか。そう思うと優越感すら覚える。
 決心し、動きを止めて上体を起こすと、シャナンも体を起こしスカサハの前で四つん這いの姿勢をとった。普段は剣を握るその手で、スカサハのズボンに手を差し入れて下着ごと下ろされると、天井を向いたスカサハの性器が勢いよく飛び出した。シャナンの体に触れていただけですっかり臨戦態勢だ。
 それにゆっくりと指が触れ、裏筋をなぞるように撫でられ腰が震えた。

「シャナンさま……」
「今日はいつもより興奮していたようだな」

 部屋に入るなり襲われたことを言っているのだろう。確かにいつもはあれほど見境無くなることは少ない。しかし今日はどうにも血が滾って仕方がなかったのだ。
 輪を作った指で上下に擦られるとびりびりと快感の波が押し寄せてくる。自分の見下ろす位置でシャナンの体が動いている光景がまた興奮をあおっていた。

(いつも思うけど、この光景……すごいな)

 恋人――という表現が正しいのかはわからない。相手はそんな俗っぽい立場に貶めてはいけない人間だ。だから、この関係をなんと呼ぶのかスカサハは知らないままだった。シャナンが許してくれるのならば、スカサハはそれでよかった。
 不意に指の動きが止まったかと思うと、ぬるりとした温かな感触が性器を包んだ。

「ぅ、あっ……?!」

 驚いて視線をシャナンから自分の性器へと移すと、いやらしく蠢く赤い舌が、己の赤黒い性器に絡んでいるのが見えてどっと心臓が跳ねた。シャナンが自分から舐めることはあまりない。いつも、余裕のないスカサハが好き勝手に動いて主導権を握り続けるからだ。
 桁違いの快楽が腰から脳へと駆け抜けていき、シーツについた手に力が入る。

「シャナっ、さま……!!」
「……気持ち良いか?」

 上目遣いで尋ねられ、思わずごくりと喉を鳴らした。感覚の鋭いシャナンにはその音も動きも見えていたらしい、ふ、と満足げに笑みを浮かべると、そのまま性器が口の中に含まれる。全体を包む熱だけでも達してしまいそうなほど快感であったのに、唇を使って扱かれるともうたまらなかった。

「ん、……む、……っ」
「あ、くぅ……、っ!」

 じゅぷ、と濡れた音が響き、耳から神経を犯していく。シャナンの顔にかかっている髪を指で耳にかけてやると、礼とばかりに先端が強く吸われ、危うく達しそうになった。
 やがて、腰の奥から込み上げてくる吐精感に、シャナンの髪を弄っていた手に力が入る。早い、と自分でも呆れるほどだったが、抗えず、スカサハは忙しく上下するシャナンの後頭部に手をかけると、自らも腰を前後させて精を吐き出した。二度、三度体を震わせる間、シャナンは大人しくそれを受け止め続けていたが、スカサハがゆっくりと腰を引くと、自分の手の中に白濁の液体を吐き出した。

「は……、はぁ……」
「……割合と早かったな」
「だって、気持ち良くて……」
「ならばいい」

 残滓を吐き出す口から覗く舌に、べとりと張り付いた白と赤のコントラストがいやらしかった。は、と肩で大きく息をしながら呼吸を整える間、シャナンは近場に置いてあった布地でそれを拭き取り、寝台から立ち上がった。はっとしてその手を掴むと力任せに自分の元へと引き寄せる。

「まだ終わりじゃ……!」
「っ、お前は本当に馬鹿力だな……」

 どさ、と寝台に倒れた際に足を打ったらしいシャナンが、恨みがましくスカサハを見上げてくる。ただ、怒っているようではなかった。

「抜いてやったから終わりだなんて言うつもりはない、ただ――何か、負担を減らすものを探そうと思っただけだ」
「あ……」

 興奮しているせいでそこまで気が回らなかったが、これ以上やろうとするならば香油なりなんなり準備が必要である。シャナンの言葉にそれに思い至ったスカサハは、申し訳なさげに眉尻を下げてみせた。

「すいません、俺……」
「言っただろう、逃げないと」

 だから心配するな、と微笑むシャナンに、単純なものだがスカサハの性器がまた力を取り戻した。素直すぎる体の反応にスカサハ自身呆れるばかりだったが、子供をあやすようにシャナンから口付けられ、自分の精液の名残があるのも気にせずに舌を絡ませるともうどうでもよくなった。

(だってもう……気持ち良いんだから仕方ない)

 それ以外の煩わしい感情など知ったことか、と心の中で言い捨てて、スカサハはひたすらにシャナンの熱を求め続けた。




熱に疼く
がっつけがっつけ。とりあえず若さ任せということでお相手スカサハで。…最後までやらせる勇気と文才がないのは、どうしたらいいのだろう。


17.2月 改訂