空は広いな、とオキクルミが話しかけると、急に妙なことを言うやつだなといった態度でサマイクルがこちらを見た。明らかに異様なものを見る目つきである。そんなに変なことを言っただろうかと眉をしかめながら、オキクルミはもう一度話しかける。

「この広い空を飛ぶ鳥たちが、羨ましいと思う時はないか」
「急にどうしたオキクルミ」
「俺は、ある」

 人の言葉に答えぬなら我に問うてくるな、と小さくサマイクルがつぶやいているのを聞こえなかったフリをして、オキクルミは続けた。

「このカムイの地を、美しい大地を、森を、水を。すべてを空から見下ろす気持ちはどんなものだろうと、考えることがある」
「そういうセリフはお前らしくないぞオキクルミ」

 まことに不思議そうに、あるいは怪訝に見てくるサマイクルを少し不満そうに一瞥するオキクルミ。一応真面目に言っているのにその視線はないだろう。いや確かに、いつものオキクルミならば言わないことを言っている自覚はあったけれど。

「……俺はそんなに不思議なことを言っているか?」
「そうだな、お前らしいと言えばらしいが、何を突然と思ってはいる」

 そもそもお前にほのぼのしたセリフは似合わない、とはっきりと言ってくれる村長に、普段の認識がどの程度のものかを理解した。

「……とにかく、俺達にも翼があればいいだろうなと思ったんだ、俺は」

 空中からこのカムイの地を眺めることが出来たら、さぞ美しかろうと。やはり真剣にそうつぶやいてみると、サマイクルは最初と同じ反応をした。不思議そうにオキクルミのことを見ながら。

「お前には……というか、我らには翼などいらぬよ」
「なぜだ」
「大地を素早く駆け巡る立派な脚が我らにはあるだろう」

 やれやれと溜息をついたサマイクルは、やがて面倒になったのかオキクルミに背を向けて自分の家へと歩き出した。執務中の彼を無理に誘い出したのだから仕方がないと言えば仕方がない。その途中で、ぴたりと足を止めたサマイクルがつけ足すように。

「我らが生きるのはこの大地なのだからな」

 ―――空を飛ぶ必要はなかろう。
 そんな当然のことを改めて言うこの男は、やはり生真面目な男だとその後ろ姿を見てオキクルミは笑みを浮かべた。


(彼をからかったら楽しそうだと思う男が、ひとり)





オイナ族に翼生えたら走るのに邪魔そうですしねぇ。