鉛色の空から白銀に輝く雪が、ふわりふわりと舞い降りてくる。極寒の地カムイに降る雪にしては珍しく、軽い雪だった。
 それでも寒さは普段と変わらず、室内でなにやら執務をしているサマイクルの背後でも、囲炉裏にくべられた火がぱちりと音を立てている。火が消えれば生活は困難なものになるだろう。ここはそんな地だった。
 突然、冷たい風が入り込んだ。同時にギィと扉の開く音が聞こえたサマイクルは、ん、と首をかしげてそちらへ目をやる。そこには一人、肩や頭に盛大に雪を乗せた一人の男が立っていた。オイナ族特有の仮面をしているために表情はわからないが、サマイクルのほうをじーと凝視しているように見える。
 あぁ、とサマイクルが声をかけようとするとそれを遮るように男は歩き出し、振り返るサマイクルの正面で座り込んだ。そして一言。

 「…疲れた」
 「またケムラムを斬ってきたのか、オキクルミ」
 「村の近くに居たのを斬って来た」

 オキクルミはそう言うと、ぶるぶると体を振る。それを見たサマイクルは呆れ、それから怒ったように言った。

 「人の家の中で雪をはらわないでもらえるか」
 「体の雪をはらったところで、どうせ靴は濡れているがな」
 「だからといってわざわざ部屋の中で落とさなくてもだな・・・だからオイ、寝るな!」

 サマイクルがぶつぶつつぶやく中、まだ払いきれなかった雪を肩に残したままオキクルミは床に寝転がった。とさ、と雪は床に落ち、すぐに染み込んでゆく。
 床が腐ったらどうしてくれるんだ絶対お前に変えるのを手伝ってもらうからな、と頭を抱えてサマイクルは体をオキクルミの方へ向けた。

「ここで、寝る気かオキクルミ」
「ケムラムを斬ってきたんだ、床ぐらい貸せ」
「…家に帰ればいいだろうに」

 つぶやいてみるが答えはない。無視する気か、あるいは理由を答えたくないのか。
 自分の家へ来て何が楽しいのだろう、とサマイクルは思う。何故かこのオキクルミという男はよく無断でサマイクルの家へ訪ねてきては、サマイクルの意志を気にした様子もなく家に居座る。
 構って欲しいとかそういうことを言うような男には見えないが、一応村長としてのサマイクルにはそんなオキクルミの相手をしている暇がない時が多い。というよりも何故だか執務中に訪れることが多いので、放置状態にしておくことが多かった。だから大概、オキクルミは寝入ってしまう。寝るだけならば自分の家へ戻ったほうが良いだろうに。
 我の家に来る理由などどこにも見当たらないのだがな、とサマイクルは思う。

「…仕事を終える頃には起こすぞ」

 とはいえサマイクルも静かに寝転んでいるオキクルミを追い出すだけの理由を持ってはおらず、仕方の無い奴だとつぶやいてオキクルミに背を向けた。
 そんな甘い村長に、背後でオキクルミはクスリと笑った。



策士


オッキーに甘いヨモギ村長。そんなんだから、スキに付け込まれるんですよ。