・無双設定なので名前の呼び方は大体が姓名になってます ・知識不足のため、正確な場所や時系列は考えてないです。あと名称とかも割と適当 郭伯済という男への第一印象は、病を患っている割には随分と豪快な武器で戦う人だ、といったものだったようにケ艾は記憶している。だからつまり、はっきりと覚えているわけではないのだが、最初に見たのは血沸き肉躍る戦場であったということになるのだろう。 病を患っているとは風の噂で聞いただけであったが、会話の最中や戦場においても多々咳き込む姿を目にして、それが本当だということはすぐにわかった。わかったがゆえに、労わって当然のはずの病身を酷使してまで戦場に出る必要もなかろうと考えていた。 ただそれは、郭淮の病身を心配して、というよりは、病が原因でいざという時自軍の足手纏いになることを恐れて、自分より位の高い相手に対し無礼ながらもそう思ったものだった。 しかし、その考えが浅はかであったということもすぐに知れた。同行し、戦場での活躍を見ると、どうも足手纏いだなんだのとは言っていられないようだと理解したのだ。 郭淮という将は、病を患っているといえども、並の武官などよりもよほど際立った功を残すのである。それは、時にケ艾も他の将達さえも及ばぬほどの手柄を立てていた。生粋の文官にも劣らぬ頭の回転の速さと、武官顔負けの推進力で次々と敵兵を蹴散らしていく。豪快な武器を用いているのは、体格の悪さを補うためであったのだろう。そして、ごほごほと、肺から掠れた音を搾り出すのを忘れない。 そういった状況を見るに、彼がまったくの健康体であったならどれほどの活躍が見込めたのであろう、難儀な身体に生まれてしまったものだなと彼の境遇に少し同情などしてしまったのだが、当人が聞けばそれはいらぬお世話だと言うのかもしれない。本人は終わりある生を全うしようと命を燃やし続けているのだから、同情などは失礼にあたるものだ。 そうわかっていながらも、彼の病状についてケ艾は、世の中上手く回らないものだな、などと悟りを開きかけているのであった。 以上が第一印象だった。 郭淮を見て二つ目に思ったことといえば、元文官であったはずの自分の体格と比べてみて、いかにも机に向かって政務をしている姿がよく似合う、というものだ。それは、相手のことを評しているようにみせて、その実遠まわしに自分の体格への問いかけにすぎなかった。 自分は武官である、とケ艾がいえば十人中十人が何の疑いもなくあぁそうでしたかと頷いてくれるのだが、文官であった、といえば半分以上が一瞬困ったように言葉を詰まらせる。ちょっと傷つくぐらい、皆同じ反応だ。 確かにこの時世に、これまで名のある軍師達を見るにケ艾のようなタイプの人間はいなかった。有名どころでいうならば、臥竜、鳳雛、美周朗。そういった前人達の築き上げた印象が、ケ艾の命運を決定付けたのだろう。これはもう仕方のないことではあるのだが、文官が身体を鍛えてはいけないのか、と多少思うところもあった。というよりも、文官は文官でも肉体労働派だっただけの話だ。 さて、この話で何が言いたいのかといえば、取り立てて何ということもない。ただのケ艾の愚痴のようなものである。 要するに、郭淮という男の姿形を見て、彼のことではなく、自分のことについて思いを馳せてしまう程度には、ケ艾は郭淮という男についてあまり興味がなかったのだった。 以上二つが、ケ艾と郭淮の現状である。 それは、しばらく任地が同じとなっている今でも、変わることはないはずだった。 「――ケ艾殿」 書庫で、そう自分の名を呼ばれたのは、ある滅入るような大粒の雨の日のことだった。 目先の風景さえも白く濁らせ、ぼやけさせるような豪雨ではさすがに外出もままならず、趣味と実用を兼ねた地図作りもはかどらない。そのため、日々の日課となっている鍛錬を終え、執務を済ませた後に書庫にこもり、目に付いた書簡や巻物をいくつか手にしていたところだった。一応、机の上には書きかけの地図も開いてあったが、かような有様であったので、進んではいない。 呼ばれた名は、雨が屋根を打ちつける音でかき消されてしまいそうな程の声であった。しかしかろうじて自分の名前を聞き取ったケ艾は、文字を追う目を止める。そして、はて己を呼ぶのは誰であろうかと入り口の方を振り返ってみて、ひっと息を鋭く呑んだ。 そこには、ケ艾と同じようにいくつか――というより、山のような竹簡を手にした幽霊が立っていたのだ。 (――いや、違う) 先ほどまで暗がりで巻物を漁っていたために、光に慣れるのに少し時間がかかってしまったが、次第に見えてくる輪郭とその姿に、ケ艾はとめていた息をゆっくりと吐いた。 「これは――郭淮、殿」 雨の庭を背に書庫の入り口に立っていたのは、ケ艾の言葉通り郭淮だった。一度分かればそうとしか見えないのに、目が突然の光に慣れていなかったのと、郭淮の元来の顔色の悪さと空の暗さとが絶妙に相まって、雨の日に現れる妖のように見えてしまったのだ。 上官に対しそんなことを思ってしまったとケ艾は動揺したが、それらをまったく顔に表さずに挨拶を返した自分に内心拍手を送る。なので当然、郭淮は何も気にせずに先客であるケ艾へと問いかけてきた。 「お邪魔でなければ、少し、これらのものを返したいのですがよろしいか?」 「えぇもちろんです。偶々自分が先にいたというだけで、ここは自分の部屋ではありませぬゆえ」 「では失礼して…」 郭淮はごほごほと喉を鳴らしながらも、思いのほかしっかりとした足取りで書庫内へと入ってくる。そして目的の棚の前まで移動し、抱えた中から一本書簡を取り出した。それをちらりと一瞥しただけで、迷うことなく棚へとしまいこむ。次の動作も淀みなくとりおこなわれるのを見る限り、どの棚に何がしまわれているのか把握しているのだろう。 こと、かた、と書簡が棚を叩く音が、雨音混じりに室内に響く。 今日は雨が降っていて良かった、とケ艾が思ったのは、室内の静寂が雨音によってかき消されていることに気がついた時だった。 (互いに語る言葉なし、か…雨の音がなければ、気まずかっただろう) ケ艾は郭淮にそれほど興味を持っていない、と冒頭で述べたように、二人の関係はただ同じ軍に所属しているということぐらいであった。知らない相手ではない、けれど言葉を交わすのは軍議など公の場でしかない程度の仲だ。これはケ艾が思っているだけかもしれないが、そもそも身分が違うので、仲が良いだの悪いだのを問うような関係ではないはずなのだ。ゆえに、部屋で二人きりになるのはこれが始めてだ。 (そういえば先ほど、郭淮殿の名を呼んだが…) 思い返せば、つい今しがたの会話も私的な時間においては初めてのことだったかもしれない。名前を忘れる、などという失態を犯さなかったことが救いだった。 ともあれ、二人はそのような関係であったので、晴れていたなら痛いほどに身を刺すであろう沈黙は、雨音によって随分と緩和されている。ケ艾はそれに感謝したのだった。 (話しかけられればそれなりの対応はするが…まぁ郭淮殿も同じように考えているか) 大方郭淮も、悪いタイミングで書庫に来てしまったものだと思っているのだろう。あるいは、目下の者が一人二人いようと、まったく気にしていないのかもしれない。どちらにせよ、ケ艾が郭淮に取る態度に変化はない。ただ、彼が去っていくのを待つだけである。 しばらく雨音と不規則な書簡の音に耳を傾けていたケ艾であったが、やがて飽きて、自らの手に持つ書簡に視線を落とした。 「何をお読みになっているのですか?」 突如郭淮から声をかけられたのも、そんな時だった。 誰のことであろう、とわずか考えて、今ここにはケ艾と郭淮の二人しかいないことを思い出す。となれば必然的にケ艾に話しかけているのであろうが、自分になど話しかけてはこないだろうという思い込みがあったせいで、反応が遅れてしまった。 「え――あ、自分でしょうか?」 「えぇ」 部屋には二人きりなのだから当たり前だろう、と言われそうなケ艾の返事に対しても、郭淮の言葉は落ち着いている。落ち着きすぎているせいで、逆に独り言のようにも聞こえてしまったが、郭淮がケ艾と話をしようとしていることは間違いない。 「いえ、その…何ともなく。目に付いたものを読んでおります」 焦っていたとはいえ少しそっけなさ過ぎる言葉になってしまっただろうか、と不安が頭をかすめたが、郭淮はそれを気にした様子はない。 「そうでしたか…ごほ、ケ艾殿は読書家なのですね」 「読書家というほどのものではありませんが、文字を追うのは好きです」 「それは立派なことです」 無駄な知識などないのだから、と喋りながら、郭淮の手は持ち込んだ竹簡を棚に戻す作業を続けている。その視線はちらりともケ艾に向けられることはなかったが、間違いなく彼の言葉はケ艾に向けられていた。 ケ艾はその行動を、沈黙に耐えられなくなった郭淮の仕方なしの行動であったのだと分析した。雨音によって両者の沈黙は相殺されただろうと考えたケ艾とは反対に、会話によって沈黙を消そうと考えたのだろう、と。 ただ、郭淮はそれほど話好きな人間ではないだけに、そうすぐに沈黙に耐えられなくなることがあるだろうかとも思い、こっそりと郭淮の横顔を窺ってみる。 (…やはり、一般的な文官とはこの人のようなことをいうのか) こうして細腕で書簡を抱く姿みると、多少普通の人よりも顔色は悪いものの、まったく物静かで絵に描いたような文官である。戦場での気迫あふれる執念の鬼にはとても見えない。けれど、れっきとした武将なのだ。 また書簡の整理能力にも長けているようで、郭淮の抱える書簡は見る見る減っていて、雨の日は書を読むに最適な日ですね、と郭淮が言ったと同時に最後の一本が片付いてしまった。あれだけの量を片付けるのは、ケ艾ならばもう少しかかったであろうし、不慣れな者であれば倍以上の時間を要したことだろう。 「私も雨の日は、よく書庫にこもったものです…ごほ」 ふぅ、と息をついて棚を見上げた郭淮は、綺麗に整頓出来たのを確認している。そして、そこでようやく視線をケ艾のほうへ向け――たかと思ったのだが、目は合わなかった。 「おや、ケ艾殿。ごほごほっ…それは…?」 視線を合わせる代わりにそう問われたので、それ、と郭淮の視線の先を追ってみると、書きかけの地図が広げられていた。ほとんど白紙の状態であるので、何かわからなくても当然であろう。 えぇと、と言いよどんでしまったのは、これを地図だと言いたくない理由があったからだ。だが、中心に書かれた文字が今自分達の赴任している城の名であることを目ざとく見つけた郭淮が、地図ですか、と尋ねてくるものだから、観念してケ艾はありのままを答えた。 「そうです、これは…自分が製作している地図です。ただ、まだほとんど何も描けていないのでただの紙にすぎませんが…」 「地図…そういえばケ艾殿は、地図を見たり、作るのがお好きだとか」 どういった情報を伴ってその話が郭淮の耳に入ったかわからないが、その言葉を聞いた時ケ艾が思い出したのは、以前に地図を作る自分を見て嘲る様に笑った上級役人の姿だった。そんなものを作ってどうしようというのだ、とケ艾の地図を貶めたその男のことを、なぜか思い出したのである。 ――あぁ、だから地図だとは言いたくなかった。 「…えぇ、まぁ」 「見せてもらってもよろしいでしょうか?…げほ」 申し出に、ケ艾は咄嗟に首を左右に振ってしまった。 「いえ…すみません、まだ未完成ゆえ、人にお見せするようなものではありません」 断った言葉は、思いのほか冷たく響いたように聞こえた。失礼にあたるか、と思ったが放たれた言葉を元には戻せず、郭淮の反応を窺った。ただケ艾が心配していたような反応はなく、郭淮は咳混じりに、そうでしたか、と言うだけだった。 少し棒読みのように聞こえたその言葉に、この人も自分の地図を嘲笑うだろうか、とケ艾が思ってしまったのは、さきほどの過去の記憶を呼び起こしていたからだった。地図作りは嘲笑の的だ、という思いがあったからだ。 ちなみに、ここへと赴任してからの時間はそれほど短くはない。いつもであれば地図など完成させてしまっているのだが、執務が立て込み思うように散策できていないのが現状であった。 未だ未練がましそうに眉根を寄せている郭淮だが、彼は常日頃から眉間にしわを寄せていることが多いので、本当に未練があるのかどうかは疑問だ。そうやって穿った見方をしていたせいだろうか、ケ艾は続く郭淮の言葉を予想できなかった。 「では完成したら、是非拝見させてもらってもよろしいですか」 「え…あ、いえ、そんな大層なものではありませんよ」 「何を言うのです、あの司馬懿殿が認めた方だ。謙遜することはない」 「…はぁ、そうおっしゃるのでしたら、また後日ということで…」 「楽しみにしております…げほごほ」 ――楽しみに。 珍しい言葉を使う人だ、と思う。そういう彼の言葉は、きっと社交辞令のようなものなのだろうとケ艾は思っていた。 先ほどの役人の話もそうであるが、赴任した先では必ず自分の手で地図を作っている、というケ艾を見る周りの目は、これまでずっと変人扱いであった。それは、生まれの貧しさを暗に笑っていたり、ケ艾の取り組み方があまりに真剣すぎてそれを気味悪がったりと、色々な理由を孕んでいたのだが、そういう反応が普通なのだろうとケ艾の頭の中に刷り込みがあった。 ケ艾自身は好きでやっていることだったので、そうした視線を気にしないようにしており、いつしか理解されることは諦めていた。理解などされる必要はないと、そう思うことで自分を保っていたのかもしれない。 どちらにせよ、だから郭淮のその言葉も、対人関係を円滑に進めるためのただの潤滑剤なのだろうという考え方しか思い浮かばなかった。そして、それが少しやりにくいな、と思ってしまう。 変だと思っているのなら、それ相応に態度に表してもらいたいのだ。わかりやすく行動してくれた方が、こちらも変にへりくだったりせずに、自分のペースで関係を続けていける。ケ艾はそれまでそうして生きてきた。 だから、変に聞こえのよい言葉を使うぐらいなら、これまでの人たちのように奇人扱いしてくれたほうがまだ対処は楽なのに、と思ってしまったケ艾はやはり、まだ郭淮に興味を持っていないのだ。話しかけられたので、答えただけ。二人の仲は何も変化なし。 少なくともケ艾は、今回の出来事でそれを無意識の中で再確認したのだった。 2>> 書いてる方は割と楽しいんですが、なんか読みづらいのは自覚してます。 |