(俺はたぶん、ウッドロウさんの事が好きなんだ) 気づいたのはまだ、最近。 それは多少の憧れと多量の慕情なのだろう、と思う。 彼は自分にないものを持っている人だった。 たとえば多方面に渡る知識だったり、合わせてそれを上手く活用する方法、皆をまとめる統率力や人に慕われる雰囲気など、その他上げれば両手で足りないほどとにかく様々なものを持っている人、というのが彼に対するスタンの印象だ。万能とも言える彼に対し、スタンでなくとも憧れの情を抱いている人は少なくないに違いない。 けれどその憧れ以上に、スタンは彼に対して強い強い恋慕の情を抱いている。言うならば絶え間なく渦巻く激流の如く。それは、心の奥底で常に激しい感情を伴って、ぐるりぐるりと忙しく廻り回っていた。 だがその止まる事を知らない激しい想いとは裏腹に、彼の側にいると不思議とひどく落ち着くのだ。他の事が考えられなくなって、ほわっとした温かい気持ちになって、じわりと心に沁み入ってくる。 それは、おそらく、恋なのだろう、と決めつけている。同性だとか、まだ出会って半年も経っていないのにとか、そんなものはどうでもよかった。これは恋に違いないのだ、恋愛に憧れる少女よろしく断定する。 そうでなければ、こんなにも溢れださんばかりの感情が生まれるはずもない。今までに感じたことのないような幸福感でいっぱいになるはずがない。 よくわかんないけど、恋ってそういうもんじゃないのか? 多少の憧れと、多量の慕情。 それはスタンが抱く、とても幸せな感情。 (この気持ちは間違いない。ウッドロウさんが好きだよ、でも) でも、それは心の内に秘めておくもの、なのだ。決して口には出さぬのだと、この感情の正体に気づいて少ししてから決心したものだ。たとえそれが絶え間なくわき出る感情だとしても。 この幸せな感情を抱くことができる。彼と共にいられる。 それで、十分だと思っていた。 +++ 「今日はもう自由時間よね、マリー、一緒に街でもうろつかない?」 休息の為に寄ったノイシュタットの宿のロビーで、無事に予約を済ませてルーティ達は早速街へと繰り出す予定を立てている。まだ陽も高く休むには適さない時間帯であり、街を見て回る時間も十分にあった。もともと休むだけでなく足りなくなった消耗品を買い足す時間も含めて余裕を取っていたのだ。このところ戦闘続きだったから、多少息を抜く時間も必要だろう。 スタンも同じように、さてこの自由な時間をどうしようかと、ルーティ達を見ながら考えていた。 とりあえず当初からの目的である買い出しは決定だ。その後、まだまだ寝るには早い。いやもちろん寝ようと思えばどこでだって寝られるのがスタンという男だったが、折角の時間、何かに使わなければ勿体ない、ような気がする。いやでもこうやって悩んで時間を無駄にするぐらいなら、いっそ眠ってしまったほうがいいような気もする、が、やはり折角の時間を。 うんうんと腕を組み、思考がまとまらないままに考え込んでいると、同じように何か考えていたウッドロウが、スタンの方に向かって歩いてきた。 「スタン君」 「あ、はい!なんですか?」 ウッドロウに話しかけられた途端、今まで考えていたこと全てどうでもいいことのように思えて、嬉しさをにじませた声でスタンは応える。 ウッドロウさんから話しかけてくれるなんて一体何事だろう、あぁそうだこの後ウッドロウさんと一緒に街でも歩けたらなぁ、そんなありもしないことを瞬時に頭の中で考えた。考えるだけは自由だ。 「この後なんだが…時間あるかな?」 「はい、暇ですけど…」 「良かったら買い物に行ってくれるかい?」 「買い物?はい、もちろんいいですよ」 まぁ所詮想像は想像だよな、と考えていたことがバレないように笑顔でごまかしながら、元よりウッドロウに言われずとも、今回の買い出しはスタンの役目になっていた。だからと、軽く返事を返すと、それはよかったとウッドロウが笑みを浮かべる。 「じゃあ支度をしてくるから、少ししてからここで待ち合わせようか」 「はいわか………………え!?う、ウッドロウさんも行くんですか!?」 ちょっと、待って。 聞き間違いかと思わず大声で聞き返してしまった。どうしたのよ、とルーティが視線だけこちらに向けてくるが、それはスタンの視界には入らない。 だって、今、今なんと言ったのか。ウッドロウも一緒に来ると、そう言ったのか。一緒にって、だからつまり要するに一緒に?いやいや自分の頭が勝手に自分に都合のいいように解釈しただけかもしれない、と考えなおしながらスタンがウッドロウに視線を向けると、彼は困ったように少しだけ眉根を寄せた。 「そのつもりだったが…一人で行きたかったかな?」 「そっ、そんなことないですウッドロウさんと一緒に行きたいです!」 思わずぽろりと本音を口に出せば、明らかにほっとしたような顔つきでウッドロウは嬉しそうに笑った。あるいはそれはスタンの目にかかっているフィルターを通してのものだったのかもしれないけれど。 (聞き間違いとか、俺の勝手な解釈じゃなかった!) ともあれ、なんという幸運が舞い降りたのだ、とスタンの舞い上がりっぷりは尋常ではなかった。 「あ、あの、じゃあ俺もすぐに鎧とか外してきます!」 「あぁ、ではまた後で」 「はい!」 スタンの返事を聞いたウッドロウは、そのまま踵を返して宛がわれた部屋へと去って行った。その後ろ姿をスタンはにこにこと笑顔で見送りながら、内心はその表情以上にひどく浮かれていた。 これはひょっとして世に言うデートとかいうやつだろうか。たとえウッドロウにはその気がなかったとしても、そう考えるだけもう嬉しくて仕方がなかったのだ。なにより他の誰でもなく自分と一緒に行ってくれる事が。 (ウッドロウさんと、買い物!) 駄目だこうしちゃいられない、足取り軽くあてがわれた部屋へ走って行くと、そこにはすでに寝台に座って休んでいる今回同室のリオンの姿があった。 「あ、リオン。もう戻ってたん…」 「宿で走るな、ほかの客に迷惑だろう」 じろり、睨みつけられていつもならたじろぐところだが、気分の上昇している今のスタンは物怖じしなかった。 「あ、ごめん。もう戻ってたんだな、リオンはどこも行かないのか?」 スタンの問いに、特に行くところもやることもないしな、と答えたリオンの手には本が握られている。つくづく、勉強家だよなぁ、と思う。 「まったくお前はうるさいやつだ…これだからお前と同室は嫌なんだ…」 ぶつぶつとリオンがつぶやくが、もちろんスタンには気にならない。それよりも忙しく鎧を外し、道具袋だけは持って、鏡の前に立ち自分の様子をチェックする。 よし、いつもどおり!うん、と頷いたスタンは、しかし無駄だとわかっていながらも、頭上で元気よく跳ねている髪の毛を撫でつけてみた。もう少し収まらないかなと思ってのことだったが、ぴょいぴょいとはねる毛は、やはりそのままだ。 そんなスタンにリオンの冷静な声がかかる。 「無駄なことはやめておけ、お前の髪は跳ねる運命だ」 「わ、わかってるよ!」 一応やってみただけなんだ、ともう一度だけ髪の毛に触れてみたが、やはり無意味だった。別にこの髪質を嫌いだと思ったことはない、が。 (ウッドロウさんの髪って綺麗だもんなー隣で歩くとすっごくその差がわかるんだ) 何をそんなにめかしてるんだ、と不思議なものを見るような瞳をリオンがこちらに向けている。だから、跳ねるのは髪質だから仕方ないと諦めて鏡の前から移動したスタンは、扉のノブに手をかけた状態で顔だけリオンを振り返って云った。 「これからウッドロウさんと一緒に買い物なんだ!」 そのまま、リオンの反応も見ずばたりとドアをしめる。 「………………なんだと?」 跳ねるように階段を下って待ち合わせに指定された場所へ来て見たが、まだウッドロウの姿はなかった。仕方がない、浮かれまくりのスタンが早すぎたというだけの話だ。 スタンの荷物は軽かった。なにせ持ってきたのは道具袋だけだ。いや、街中といっても何が起こるかわからないし、ディムロスぐらいは持って来ようかと思っていたが、このラフな格好にあの大きな剣を持ち歩く姿は少し不釣り合いかと思い、それでも一応何かあった時の為にナイフのようなものは持ってきた。浮かれてはいるが、それぐらいを考える余裕は残っている。 (買い物のメモは持ったしー…あぁそうだ、ウッドロウさんも何か買いたい物でもあるのかな) 買い物についてくる理由なんてそれぐらいだろうしな、考えていると、上からぎしと階段が軋む音が聞こえた。ふと顔を上げると、鎧を着込んだ姿ではなく、軽装のウッドロウが階段から下りてくるところだった。あ、ウッドロウさん、と声をかけようとしたが、見ればウッドロウはしっかりとイクティノスを手にしている。身軽な格好に、それでも違和感がないのは、ディムロスほどの大きさのないイクティノスだからだろう。 スタンの姿を確認したウッドロウは少し急ぎ気味に下りてきた。 「すまない、待たせたかな」 「いえぜんぜん!」 「それはよかった、じゃあ行こうか」 「はい!」 街はまだ、大人から子供までたくさんの人が行き交って賑やかだった。夕食の準備のために食料を買いに来ている女性や、噴水の周りで無邪気に遊ぶ子供たちの姿をよく見かける。 その街を、ウッドロウと二人で歩いている事実にスタンはずっと浮足立っていた。 「えーとアップルグミとホーリィボトルに…これで全部ですか?」 「そのようだね、それは私が持とう」 「いえ、大丈夫です!俺力だけはあるんで、任せてください」 力のあるところをアピールしようとしてではないが、なんとなくウッドロウに物を持たせるのも気が引けて、スタンは荷物を両腕に抱えている。けれどそれに対してウッドロウも気が引けるところがあるのか、小さな荷物をスタンから受け取った。そのまま、街の風景を楽しむようにゆっくりと歩く。 ほらこうしているだけで、十分幸せじゃないか。 だからこの想いを告げなくとも、このままで、ずっと。 ふと、そういえばとスタンは口を開いた。 「そういえば…どうしてウッドロウさんも一緒に買い物に?何か買いたいものでもあったのかと思ったけど、そうでもなさそうだし…宿屋で休んでてよかったんですよ?」 「ノイシュタットはあまり私に馴染みのない場所だから、少し街を歩いてみようかと思ってね。それに一人ではつまらないだろう?」 「!」 だから、とその相手にスタンを選んでくれたなんて!ウッドロウの言葉にスタンは満面を喜色に染めた。それが、ただ偶然スタンが買い物役に選ばれていたからという理由だったとしても、少なくとも二人で歩くという行為を嫌われていないのだということなのだ。 (なんかもう…幸せだなぁ俺) へにゃり、笑う姿をウッドロウは微笑みながら眺めていた。 買い物を済ませ、二人は街の中央の広場で一休みすることにした。荷物を脇に置き、適当な話をぽつぽつとしながら、遊ぶ子供たちに視線をやる。その子供たちの横では、噴水が太陽の光を受けきらきらと輝いていた。 「ウッドロウさんが街を歩きたいってだけだったら、わざわざ買い物に付き合ってもらっちゃってありがとうございました」 「いや、先ほども言ったが私が行きたいと思っていたんだ、スタン君と一緒に行けてよかったよ」 「俺もです」 時折ウッドロウのこぼす、下手をすれば勘違いをしてしまいそうな言葉に、けれどスタンは自分で思っている以上に冷静になって言葉を返すことが出来た。それはウッドロウといることで得られる確かな安堵感から来ているのかもしれない。そんなことを考えながら、スタンはゆっくりと空を仰いだ。 あぁ楽しかった。買い出しは面倒だけれど、ウッドロウと二人、いや正確にはイクティノスを含めれば三人だが、ならまた何回来てもいいとさえ思える。共にいるだけの時間でさえこんなにも楽しいだなんて。 そうしてぼんやりと青い空を眺めていると、不意にぽつり、ウッドロウが。 「…私は…」 「え?」 それは空耳かと思うほど小さな声だった。実際、顔を下ろしてウッドロウの方を見た時にその顔がこちらを向いていなければ、つぶやいたかどうかすらわからなかっただろう。けれど、何か言ったのは確かだった。 「何か言いましたか?」 「…スタン君、その…」 「?」 またしても口ごもるような言葉。いつも明瞭な物言いのウッドロウだけに、そのつまり具合は珍しい。何か言い難いことでもあるのかと小さく首をかしげてみると、ウッドロウとまっすぐ視線が合った。その表情からほんのりと戸惑いが窺えたのは気のせいだろうか。 「ウッドロウ、さん?」 もう一度、確認するようにその名前を呼ぶ。その声に一瞬だけ、ウッドロウの瞳が揺れた、気がした。 しかし、あれ、と瞬きをした次の瞬間には戸惑いも動揺もウッドロウの表情からは消え去っており、かわりに目を細めて困ったように笑う姿があった。 「…いや、すまない、少し買い忘れたものがあったみたいなんだ。すぐに戻ってくるから、ここで待っていてくれるかい?」 「え、あ…」 言って、ウッドロウはスタンの反応を待たずまた店の立ち並ぶ町中へと消えていってしまった。その早足で歩いて行く後ろ姿を、なぜか追うのが憚られて、スタンはそのままそこに荷物と共に残された。 ぽつん、一人残されて考える。 言いたかったのは買い忘れ、本当にそれだけだったのだろうか?あの不鮮明な物言いは別のことを言おうとしていたのではないだろうか?戸惑っていたように見えたのは勘違いだったのだろうか? ウッドロウが消えた方向を見ながら少し考えてみたが、本当のところは考えてもわかるはずもないし、考えれば考えるほどただのスタンの思い違いだったような気もしてくる。 (まぁ、いっか…戻ってくるのを待とう) 戻って来た時、それでもまだおかしいようだったらもう少ししっかり聞いてみよう、そう思いながらスタンはようやく視線を下ろした。 この想いに名をつけるなら 1 2>> 見切り発車でぐだぐだな文章です今のところ片思いです進展ないままだらだら続きます5話ぐらいに落ち着く…か、な、未定。うだうだもどかしいスタウドでも大丈夫な御方、お付き合いください。最後までちゃんと書けたらいいな…。 |