ブウサギの散歩コースは大体いつも決まっており、つまりガイが部屋を出て行ってから帰ってくるまでの時間というのもほぼ同じであった。勿論時折暴走したように走り出すブウサギがいた場合は例外だが、何か重要な話をする時でもガイが帰ってくることを計算にいれて話ができるということだ。今思えばなかなか良い習慣をつくったのではないのだろうか。今頃ピオニーと何かしら話をしているジェイドもそう思っていることだろう。 「おーいルークーそっちは帰り道じゃないぞー」 てってけと一人どこかへ行ってしまおうとするルークのひもをくいと引き、方向を訂正した。それと同時に、同じ名をもつ赤い髪の少年の事が頭の中に思い浮かんだ。 (ルーク、ね…) そしてしばし、その場に立ち止まった。 ルーク。己の家族を亡き者とした男の息子の、レプリカ。 今はピオニーを亡き者にするためにここグランコクマにいるわけだが、もちろんファブレ侯爵とて憎い。家族を手にかけたのはあの男である。大陸が消滅したとて、己が生きていたように家族さえ殺されていなければ、今頃生き延びていたかもしれないのだ。あの温かな、生活が。 しばらく忘れていた憎悪に、ぎり、と奥歯を噛みしめる。無意識のうちに手にまで力がこもってしまったらしい、ひもを強く引かれたルークがぶいと声を上げた。それにはっとして、ガイはしゃがみ込みルークの頭を撫でる。 (だけどルークが俺との賭けに勝った。だからそっちはもう、いいんだ) 矛盾している、かもしれない。そんなもので済ませられるわけがない、と言われるかもしれない。実際、もういいのだと簡単に諦めることが出来るほど、抱えている憎しみは軽いものではない。けれど己の中で、それが一つの区切りであったのだ。それでルークに対して抱えている気持ちを昇華させてしまおうと決めたのは自分だった。 だからもう一つの仇相手にも区切りをつけなければ気持ちが収まらない。その方法が、相手の息子である男を殺すこと。ルークの時のように賭けに持ち込むことはできそうになかったので、他の方法は今のところ考えついてはいない。 そんな事を考えながら、ブウサギ達を制しつつぐるりと王宮を一回りしてから、再びピオニーの私室の前へとたどり着いた。そ、と中の気配を窺って見たところ、どうやらジェイドはすでに退室した後のようだ、気配は一つしか感じられなかった。 「よし…陛下、ただいま帰りました」 こん、とノックの後、扉に手をかけてブウサギ達を中へと押し込む。下手をするともう一周散歩したがるやつらがいたりするのである。だが今日はそんな気分のブウサギはいないようで、各々自分の好きなところへと駆けて行った。お気に入りのクッションの上、えさ場、そして己たちにめいっぱいの愛情を与えてくれる飼い主のところへ。 「おぉお帰りアスラン、楽しかったかー?」 普通ならばただの家畜として、人によっては近寄りたくもないと思うブウサギを、なんの躊躇いもなしにピオニーは抱き上げ顔を寄せた。曰く、瞳の色が似ているらしいそのアスランと名付けられたブウサギも嬉しそうに顔をすりよせる。たったそれだけのことなのに、なんて幸せそうな顔をするのだろうあの人は、ガイは散歩用の用具を片づけながら笑う皇帝を眺めていた。 (…優しい方、さ陛下は確かに。ブウサギにも国民にも、俺に、だって) けれど、親の、先代の責任を取るべき人間は彼なのだ。彼自身がそう言ったように。それでガイの復讐はひとまず幕を閉じる。自分が犯人だとさえばれなければそのままグランコクマで働くこともできるし、時期を見計らってバチカルへ向かうのも悪くはない。 ガイがそんなことを考えて近寄って来たサフィールの頭をなでていると、ブウサギから顔を上げたピオニーが、あぁそうだと思いだしたように言葉を発した。 「聞いたかガイラルディア、俺を狙ってるやつがいるらしい」 知らず小さく息をのみ、すっと視線をピオニーの方へ向ければ、にやりと細められた瞳はガイの瞳をがっちりととらえた。同時に心臓が跳ねるように脈をうつ。 (…俺が怪しいって、カマでもかけてるのか…?) 平常時にそう言われたのならば笑って流すことができたが、あのジェイドとの会話の後だと思うと自然と疑ってしまう。いや、あの男ならばこんなあからさまに尋ねてくるようなことはしないのだろうが、この皇帝はそういった点で積極的なのだ。だからひょっとしたら、と疑ってしまう。 しかし思いすごしなのだろうか、こちらを窺っているかと思っていたピオニーの視線はすぐにブウサギへと注がれ、ガイには無関心のように見えた。そしてガイの言葉も待たず次の言葉をつむぐ。 「どうやら反休戦派のやつらだという話なんだがー…何がそんなに気にくわんのだろうな」 「軍部にとって戦争がなくなるのは死活問題なのでしょう」 思ったよりも声は自然に出すことができた。ただ、内容が少し冷たいものになってしまったかもしれない。ピオニーはそれを気にせず腕を組んで笑う。 「確かにな、戦争がなくなってしまって平和になったら、ものすごい量の兵隊たちが世に溢れることになるだろう」 こりゃ考え所だな、とピオニー。 「ま、そのあたりはおいおい考えるとして。そういうことだから皇帝付きのお前も気をつけておけということだ、ガイラルディア」 「はい、ですが陛下が一番気をつけてくださいよ。最終的に狙われるのは貴方なんですから」 言葉に出しながら、なんと滑稽なセリフだろう、とガイは内心で笑った。彼の命を狙っているのは誰だ。実際他に誰かが狙っているのだとしても、ガイ自身もまぎれもなく命を奪おうと動いている。 けれど意外にもそのセリフはするりと飛び出した。警戒心を緩めさせるためではない、今の自分は、本気で。 (…俺も大概善人に出来てるってことか?馬鹿らしい…) はぁ、とため息をつくと、それをなんととったのだろう、ピオニーはにかりと笑う。 「だが、お前は俺を守ってくれるんだろう?」 (守る?逆ですよ陛下) けれどそれは言えなかったので、とりあえずもちろんですよ、と返しておいた。 演繹の闇 帰納の光 32 4ものっっっっそい遅くなりましたが、3話目。半分以上書いてあったからこの話はなんとかなったけど、展開忘れたよーメモないかなぁ。 080114 |